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神と妖

 柊は、男3人が白石を平らにならしているのに構わず、石の前にしゃがんでいた。
 未だに話を信じきれていない上に気配のわからない立花が問題の石の周りの模様を消すのを軽くよけただけで、じっと、石をみつめて座り込んでいた。
 名取はその様子を見つつ、黙々と作業する。
 持っているのは紙人形と無地の短冊状の和紙と筆ペンのみ。特別な呪具は持って来ていない。
 そもそも、大掛かりな技が使えるほど体力は回復していないのだ。
 柊から『神』の情報を聞いてから、いくつかの対処法の中からいずれかを選択する。どの手段にしろ、陣を描くなら、模様は一度消さなくてはならない。
 作業を終え、竹箒を戸の中に戻す。名取は、中にあったちょうど握りやすい太さの竹を替わりに取り出した。竹垣を作った余りらしい。
「柊」
 立花と橋本を戸の傍に残して、じっと動かない柊のところへ移動する。
「どうだ?」
「・・・・・・・・」
 柊は、そうっと、石に手を伸ばす。
「・・・・・・山の神です。力を失い、この石の中で回復のため眠っていたのです」
 まるで、子供の頭でもなでるようにして、柊は石をなでながら語った。
「それが、大きな騒ぎに巻き込まれて、中途半端に目覚め、人をうとましく思うようになったのです」
「起きてるのか?」
 名取には、気配はわかるが、そこまで細かいことはわからない。
「うっすらと。夢うつつというところです。人への悪感情が強いです。周囲の不幸は、その意思に反応した小物たちのしわざです」
「・・・・・・そうか」
 柊の様子が、少しおかしい。
 名取は、石を眺める。
 みはしら様に引き込まれたせいか、普段よりも見ることによって得られる情報は多い。
 自然神だ。女神らしい。神の気配を放ちながらも、負の意思をばらまいている。柊の説明に誤りはないようだった。
 名取は竹の棒を使って、大きな石がなく広めに開いている白石の上に陣を描く。
 柊は、芝生の上に出てその仕事を見守っていた。立花と橋本も、邪魔をしないようにただ見ていた。
 陣を描いてから、名取は神の宿る石の前に立つ。
 相手が神なので、まずは神主としての名取が活躍することになる。
 道具は省略し、作法通り動作や祭文だけは神道にのっとって、ご機嫌とりとこれから為すことを説明する。
 色々、人による失礼も多々あったであろうが、万事良いようにするつもりなので今しばらくご寛恕下さいと。
 それから、陣の脇へと移る。
「・・・・・・神に仕えしあまたの妖たちよ、この神に永劫仕えるものならばこの依代に集まりたまえ」
 懐から、繋がった紙人形を送り出していく。紙人形たちは、名取から出て行くと家の周りをものすごい勢いで回り始める。名取は手を合わせて紙人形にその命を載せる。
 ぐるぐる回るうちに、その連鎖した紙人形たちに、神のためにいたずらをほどこしていた妖たちが依り憑いていく。
 周囲の妖の気配がほぼなくなると、名取は大きく手を打ち合わせた。
 するすると、連鎖紙人形が陣の内へと戻って来る。
 そうして、中央に見事に折りたたまれてコンパクトに落ち着いた。
「橋本さん」
「はい?」
 ただ、紙が飛び交うだけで何やらすっきりしたような感じがした。橋本は、うまくいっているな、と安心しつつ、返事をした。
「そちらさまで、こういった石を引き受けてくれそうな神社に心当たりはありませんか? 小さくていいのです。地元に根付いた信仰の保たれた神社が理想です」
「ああ、地元にありますよ。氏子代表が先生の親戚です。年に何度か祭りもあるし。鬱蒼としてて敷地内に石の一つや二つ増えてもあまり気づかれない」
「それはいいですね。・・・・・・先生の自宅に置くのは諦めて下さい」
「承知したよ」
 名取は、紙人形を拾った。
 それを柊に渡す。立花を橋本には、その手から紙人形が突然消えたように見えた。
「お前は石の迎えが来るまで、傍でお守りをしていろ」
「・・・・・・主さま?」
「元山守なんだろう? 一日や二日くらい、石守をしていろ」
「・・・・・・わかりました」
 名取の独り言に、立花は式神がいるのだろうと察しをつけて目を凝らしたが、もちろんまるで見えなかった。
 名取は橋本に、信心深い人間に石を運ばせるよう依頼する。
 いたずらをした妖は紙人形に封じたので安全であると。式神をつけておくので、速やかに事を運べば以後被害はないはずだ、と。
「この石はきちんと祀るように伝えて下さい。しかるべき場所にいられなくなった山神様だと。体が空いたら、私も見に行きますので、祀った神社を後で知らせて下さい」
「わかりました。で、その式神はいつまで一緒にいてくれるんですかね?」
「きちんと祀られて安心すれば私のところに勝手に戻って来ます」
 柊を置いて、名取は橋本と立花と共に立ち去った。
 柊は、石の傍に座った。
「良かったですね・・・・・・おひい様」
 石を抱いて、柊は語りかける。
「今のが、今私が仕えている『ヒト』ですよ。せっかく山守にしていただいたのに、ヒトにただの妖に落とされました。でも、良いヒトもいるのだと、あの子は教えてくれたのです」
 人だったことも忘れ、人に見切りをつけ、けれどただの妖にもなりきれずにいた柊を、救ってくれた男の子。
「おひい様。きっと良い人間たちに出会えます」
 山から離れ、その山が溶岩と灰に埋もれる様を見、信仰を失って消えていったはずの、人だった柊を救ってくれた神。
 生きていてくれたことが、ただ、嬉しかった。
 翌朝早く、軽トラックに乗った温和そうな男たちがやって来て、石を運び出した。
 毛布やロープで丁寧にトラックに固定して、丁寧な運転で遠い神社まで石を運んでくれた。
 たどり着くと、きちんと身なりを整えた神主が迎えてくれた。
「おや? お付きがいる」
 その神主は柊を見ることができた。神社は、名取の家の神社と同じくらいの広さがあった。
 柊の意見を入れて、神主は石を神社の鎮守の森へと運ばせた。柊は鳥居の外で待った。
 やがて、神主が男2人を連れて戻って来て、無事安置したことを教えてくれた。
 その様子から、柊は石が今後もきちんと祀られていくだろうことを確信した。
 柊は、面を外した。
 少女の顔をさらして、神主に深々と礼をして、神社を後にした。
 面をかぶり直して、柊は名取の式神である妖に戻る。
 名取は、石と柊との因縁に気づいたのだろう。
 そうして、問うことなく、柊を一時解放してくれたのだ。
 早く、名取の元へ戻りたい。
 柊は名取に教わったとおり、鉄道路線図を参考に電車を乗り継いで、名取の住む街へと戻った。
 夜遅く戻ると、名取は離れの座敷で一人、お茶を飲んでいた。年末年始の家業用にか、髪の色を黒っぽく染め直してあった。
「おかえり」
 ただそう言って、名取は連鎖の紙人形を柊から受け取る。
 小物の妖達は、もはや紙人形に依り憑いた理由など忘れ果てている。
 名取は紙人形をかたわらにあった文箱にしまうと、柊の報告を聞くこともなく、湯のみを片付けに立つ。
 台所で手早く洗うと、座敷の明かりを消し、隣りの部屋へ行って布団にもぐってしまった。
 柊は、暗くなった座敷で一人、座したまま閉じられた襖をみつめる。
 静かな家に戻って来て、面のうちでかすかに笑った。
 静謐な場所に落ち着いたおひい様を思いつつ。
 この、庶民的な自分の居場所で。

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