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怖いもの

 ペンション一階のフリールームに、昼食を終えて暇になった役者たちが溜まっている。
 名取が熱いシャワーを浴びて着替えて降りて行くと、的場と七瀬はそこで機嫌良く待っていた。
 七瀬の隣りには境がいて、的場の隣りには先ほど名取を湖にぶち込んだ女優が座っていた。
「今占いしてもらってたのよ」
 女優もご機嫌だった。幸い、呪術師と占い師の区別がついていないらしい。境は、はっきりわかっていて傍にいるようだったが、女優の抜けっぷりのおかげで穏便にすごせていたようだった。
「的場さん」
 名取は、そばまで行かずに的場を呼んだ。近づけなかったのだ。吸い寄せられそうな気配を感じて。
 同じ気配を感じただろう的場は、薄く笑んで席を立った。七瀬も止めない。
 名取から距離を置いたまま、的場が後をついて階段を上って行く。女優は他の俳優たちの方へ占い自慢しに移動した。その場には、七瀬と境が残された。
「・・・・・・何かお尋ねになりたいことでも?」
 特に会話にのるでもなく、そばに居続けていた境に、七瀬が尋ねる。
「いやあ、特に」
 境は唇の片端を上げて笑い、引き続きただ座っていた。
 しかし、七瀬の居心地が悪くなる感じではない。その辺が、大御所俳優の年季の入った接客術なのだろう。そして七瀬も、筋金入りの狸だ。間をもたそうと語り出すようなマネはしない。
 そんなわけで、同年代の2人が並んでお茶を飲んでいる図の真正面に、立花が入ってくることになった。
「何暢気にお茶してるかねそこのお2人さんは」
 声をかけながら、どかりと向かいの席につく。
「いやびっくりしましたよさっきのは。あれで祓えたんですか? うちのモンにくっついてた悪いモンは?」
 単刀直入に訊く。七瀬は狸の笑顔を見せた。
「うちにいらしたそうですね、お宅様のお若い方々が。そのときうっかり、管理の漏れたヤツがついて行ってしまったようで、申し訳ありませんでした。どこに消えたかと思っていたんですよ。まあ、色々いるので、一匹二匹いなくなってもなかなか気づきませんでね、管理が行き届かずご迷惑をおかけしました」
「それは実際にくっつかれた部下に言ってやって欲しいんだが。まあ、とりあえずわかりましたよ別にどうこう言いやしませんよ、幸い誰の命をとられたわけでなし。多少被害があったようですがね、名取に比べりゃたいしたことないうちでしょうよ」
 言外に、名取もお宅のせいでしょう? と言っているわけだ。
「名取もね、あれもうちにとっては予想外でしたよ。ひと言言ってくれればなんとかしてやったんですがねえ。ああ、さっき祓ったのはうちではありませんよ、あれは名取です」
「ええ?」
 これには、境も驚いた。境は現場にいなかったが、詳しい話は聞いた。湖水が5〜6mも立ち上がって打ち寄せたという。名取はおぼれかけた、と。
「名取もそこそこ使えますからね。ただ、あの状態で術を使ってまだ動けるとは。基礎体力があるからでしょうけれどね。今見た感じでは、本当に、よくぞ動けてるなというところですよ。まだ撮影があるんですか? 無理じゃないですかねえ、更に祓いを受けたら」
 そう言って、七瀬は2階を見上げる。何か気配を読めるのか、じっと、しばし見ていた。そして、笑った。
「どうやら、お宅にも教育の悪い部下がいるようですね」
と。立花が何を言い返すより先に、ドタドタと階段を駆け下りてくる音が聞こえた。開放されたドアの向こうに現れたのは、小柄な男性スタッフだった。
「どうした? 『デバガメ』」
「あ、あの、名取さん具合悪いらしくて、片桐さん探してます」
「表の車辺りだよ。バトンタッチしてテメエはテメエの仕事しろっ」
「はいぃっ」
 早い話が、名取部屋の気配を2階でうかがっていたらしい。
 境が顎をなでて言う。
「そういや、今のヤツ、今朝も2階うろうろしてたな」
 境が名取の部屋から出てきたのを見てびっくりして挨拶もなく階段を駆け下りて消えていった。
「境さんは名取と同じ事務所の方でしたよね?」
「ああ」
「では、一つ聞いて欲しいことがあるんですが。いえ、身内の恥ですがね・・・・・・」

 的場を部屋に案内して、名取はそのまま窓際まで寄った。カーテンは夕べから閉じたままで、部屋は薄暗い。的場は部屋に入ると、勝手に鍵を閉め、ユニットバスの分狭くなった通路を抜け、ベッドとソファのある空間へと、ゆっくり歩いてきた。
 名取は、壁に張り付くようにして待ち受けた。式たちは、部屋に入るとき、外に出した。
 近づいてくる的場の、強い存在感。
 自分の中に、あのかけらが入っているのだと、よくわかる。吸い寄せられそうだ。全身に広がった毒素のような的場の気配が、主を求めているのだ。
「これはこれは、ひどいですね。よく、我慢してましたねぇ」
 目の前で、的場が立ち止まる。名取より、少しだけ背が低い。
「私もあれから3日ほど寝込みましたけどね。復帰してからの仕事は快調でしたよ、おかげさまで。なのに、あなたは長く入院した上に、私の一部に苦しめられていたとはね。意地を張るにもほどがあります」
 意地を張っていたわけではなく、単に的場に会いたくなかったのだ、とはさすがに言えない。話をする余力もないので、名取は黙っていた。
「体がつらいんですか? まるで、怯えているようですよ?」
 事実に反発する気力もないので、やはり名取は黙っていた。
 的場は、くすりと笑った。
「じゃあ、あなたの中の私を、返していただきましょうかね?」
 すっと、体を寄せて来た。
 名取のうなじと肩に手を添えて、唇を重ねる。
 自分の中の毒の源を取り去ってもらえるのだ、とわかっていても、名取の体が勝手に、逃げた。
 とはいえ、背中は壁なので、結局、壁に押し付けられる感じになって、かえって逃げ場を失った。的場は、キスがうまかった。
 熱烈なキスを受けて、ただでさえ薄かった意識がよくわからなくなってくる。官能に浸っている時のように、状況がどうでもよくなってくる。相手が的場だということも、撮影にきているペンションの部屋だということも、自分がどんな立場にあるのかも、何もかも。
 的場が、名取の体を支えたまま顔を離した。
「大丈夫ですか? 名取さん」
 壁に体重を預けてかろうじて立っているだけ。的場が軽く引くと、体が的場に寄りかかっていった。的場が受け止める。名取は的場にしがみつくようにして、そのままベッドまで連れていってもらい、横になった。的場は介抱してやりながら、くすくすと笑った。
「これで『約束』がなければ、また術を施したいところですね。いいところが摂れそうだ」
 あの晩以上に余裕のない状態だ。本当に、根こそぎ、ということになるところだ。
「さて、だいたい場所はわかったので、次はいただきますよ。でも、あなた、持ちますかねぇ? ひどい熱じゃないですか」
 夕べ、無理がたたって貧血を起こし。更に的場に引っ張られて死にかけた上に的場毒にまみれ。的場毒のおかげで高熱を発したというのに真冬の湖に沈み。妖に襲われかけてとっさに陣の力も借りずに妖祓いまでしてしまった。
 もう、本当に、ぎりぎり。
 まだ、撮影が残っているのに・・・・・・。
 撮影が済んでからにしてくれとか、後日もう少し回復してからにしようとか。
 そういった判断力ももはやなく。
 名取は返事どころか目を開けることさえもできず。再び、的場のキスを受けた。
 深く押し入ってきた舌が、名取の舌に絡みついてくる。冷たい舌だった。自分が熱いからそう感じるのだとは、わかる。唇をふさがれて、呼吸が難しい。
「ん・・・・・・」
 あっという間に、名取の意識が落ちた。
 自分の中に、的場が入り込んできているのがわかる。深く、深く、。彗星のように尾を引いて、奥へ、奥へ、。
 名取の中のずっと深い場所にいる、己のかけらを求めて。
 名取の中で、名取の一部に同化するかのように寄生している、的場のかけら。
 それが、名取にもわかった。
 そこへと、的場が向かっている。
 あちこちに広がった自身の毒素を、名取にとっての毒素を糧に、奥へ、奥へと。
 精神を陵辱されている感じだった。
 深く押し入り、無理に突き進み、相手の理性のすべてを奪おうとしているかのように。
 どんな抗いも無効にして、完全に自分を失わせようとしているかのように。
 名取が何もできずに、今度は心を犯されて、苦しみと歓喜とに惑わされている間に、的場はとうとう己のかけらへとたどりつき、それを同化させた。
 そうして、去って行く。道筋を残したまま。
 名取の心を犯した傷跡を残したまま。
 的場が去った後。
 名取は傷つけられた胸を抱きこんで、更に深く、意識を落とした。
 名取から離れた的場は、名取の頬をなでながら、その熱い体温で自身の指先を温めた。
 熱が高い。意識も、今はない。呼吸はしているが、苦しそうだった。
「結果的に、あなたは・・・・・・」
 的場は、何も聞こえない名取に、語りかける。
「命がけで、私を救ってくれたのですね。そのつもりはなかったにしても・・・・・・」
 ついばむように、唇にキスをした。
「『約束』とは別に、あなたを抱きたくなってしまいますね」
 術としての性の交歓ではなく、純粋に。
「今は、無理ですけどねぇ」
 的場は、体を起こすと、部屋の戸の方を見る。的場の式が立ち番をしていた。
「戸を開けろ」
 命じると、式がすばやく鍵のかかった扉を開けた。
「わあっ」
 戸に張りついて聞き耳をたてていた『デバガメ』が転がり込んできた。
 急に開いたドアに、辺りを見回してから、気まずそうに的場に視線を寄越した。
「・・・・・・名取さんの具合がよくないようです。人を呼んでもらえますか?」
「は、はい」
 男が、慌てて部屋を出て行った。
 的場は、名取の体を動かして放置されていた氷枕を頭にあてがってやったりして、仕上げに布団を掛けてやる。軽い足音が階段を上がって来るのが聞こえてきた。
 最後に軽く名取の頬にキスをして、的場はそばを離れた。


 まだ続きますが、もう一タイトルで終わります。第一部が(笑)
 なんか、勝手に動き始めたので、名取さんとか。第二部があるようですよ。なんだか、的場さんも名取にほれ込んでしまったようだし。
 おかしいなあ、男×男設定は基本やらないはずなんだけどなあ(笑)
 とりあえず、ようやく名取さんの毒抱えモードが終わりです。次のタイトルなんにしようかなあ。タイトル考えるの苦手。っす。またへたれなタイトルでしょう、きっと

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