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滋さんと夏目。1

「たかし」
 学校からの帰り道、後ろから声をかけられて。
 夏目が振り返ってみると、滋だった。
「あれ? 早いですね。お帰りなさい」
「ああ、出張先から直帰だよ」
 歩みを止めて待つと滋がすぐに追いついてきたので、一緒に並んで歩き出す。
「ちょっき?」
「直に帰るってことさ。出張先から。朝まっすぐ出張先に行くときは直行」
「ああ、なるほど」
 滋は残業で帰宅が遅いことが多いし、家にいても自室で仕事の勉強をしていて、顔を合わすことは少ない。
 それでも、機会があれば話をしてくれるし、色々教えようとしてくれる。
 一緒に暮らすようになってだいぶ経つし、夏目もニャンコ先生や友人たち、そして塔子との会話で『気兼ねない会話』というものにも慣れてきた。
 ぽつぽつと話しながら、影を踏みながら歩く。滋の方が背が高い。いつだったか「そのうち、君の影に負けそうだ」と言われた。
 追い越せるまで、いてもいいんですか? と、夏目は尋ねずに。そんな時が来るのを、夢見た。
 滋は、言ったままを思っているのだろうけれど。
 夏目にとっては、まだ、夢のように思える話。
「夕飯には早いな」
 滋が腕時計を見て言う。そして、ぽんっと、夏目の頭に手を載せた。
「床屋に寄って行かないか? 週末のつもりだったが、時間があるからな」
「えっと、おれは来月でもいいですけど」
「たかしは長めだからなあ。が、身だしなみは大事だぞ、月一回は行くと決めておけば、見た目でパスされる心配はなくなる。女の子の話だよ?」
「え? そういうもんですか? 結構みんないい加減だけど」
 今日のプチ講義は女の子にモテる法か? 思いながら、床屋方面へと曲がる滋について行った。
「そういうところで微妙に差がついていくもんだよ。むさくるしくて彼女いるヤツはあまりいない。バレンタイン結構もらったそうじゃないか。塔子にきいたぞ」
「義理ですよみんな。お返し配んなきゃいけなくて、他のクラスとか大変でした」
「他のクラスからわざわざ持ってきてくれたのか? 義理じゃないんじゃないのか?」
「友人が一緒に貰ったから、ついでですよ。名前も知らないし」
「ちゃんと覚えておけ。たとえ義理でも女の子と機会があれば顔と名前を一致させておくのが紳士ってもんだぞ」
 夏目は、くすりと笑う。
「で、塔子さんには内緒なんですね、この話も」
「もちろんだ。男同士の話だぞ。ああしまった、たかしと行くと、あの床屋は娘の方がたかし担当になるんだよなあ。しまったしまった」
「おれはおじさんの方でも構いませんよ?」
「あっちの娘さんに選択権があるんだから仕方ない。ん? 待てよ。親父が私を警戒してるからって可能性もあるか?」
 警戒して、夏目の方を担当させて接触を避けさせているのでは? と。
「あの人結婚してるんでしたよね?」
 夏目は呆れて言う。
「何、ときめきは自由だ」
 滋が、自信あり気に言った。
 夏目は笑う。塔子に聞かせてやりたい。
 滋も、そんな冗談を言いかけてくるようになった。
 本当の父子は、こんな会話をするものなのだろうか? 違うからこそできるのだろうか?
 本当の父を、求めることはもはやできない。親戚の言葉の端々に出てくるだけだった父。塔子の遠縁だったという父。
 その塔子も、夏目の父に会ったことはないと言う。
 でも、こんな関係も、心地良くて。
 向きの変わった、影が重なる。
 滋よりずっと低い位置に、夏目の影がある。
 そんな小さい頃から、この人の隣りにいることができたなら、何か違っただろうか。
 すでにある過去を、変えたいとは思わないけれど。
 一緒に妖について悩んでくれたかもしれない。否定しないでくれたかもしれない。今だって、口にすれば、理解してくれるかもしれないけれど。
 でも、それは望まない。
 今の幸せを、噛みしめていたいから。

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