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多軌と名取。1

「あれ?」
 タキが学校から帰ると、蔵の入り口が開いているのが見えた。
 覗くと、はしごの上でごそごそしている男がいる。
「誰ですか? そこにいるのは」
 祖父が残した蔵書は、珍しいものも多いので見に来る者がたまにいる。
 しかし、今日はそういった連絡があったとは聞いていないし、家族も出払っている。
 無人の家の敷地内に勝手に入り込んだあげく、貴重な蔵書や器物の入った蔵への侵入だ。看過するわけにはいかない。
「ああ、おかえり透ちゃん」
 薄暗がりの中、降って来た声には聞き覚えがあった。
「名取さん? すごく久しぶりですね」
「はは、ご無沙汰してます。今日は出払ってるんだって? お母さんの携帯に電話してお許し貰ってあるから」
「わかりました。時間かかるんですか?」
「うーん。目当ての本がね。前の場所にないんだよ。誰か動かしたのかなあ」
「なんて本です? 私の部屋に持ってったのもあるんですけど」
「こんなの読んでるの? 透ちゃん」
 名取がはしごを降りてきた。
「和綴じの本だよ? 探してるの」
 外に出てきて、帽子を脱ぎながら言う。
「2冊くらい部屋にあります。お守りの作り方、みたいな感じのタイトルの」
 名取は帽子と服をはたきながら笑った。
「それそれ。お守りの作り方、ね。うん、そんな感じ」
「じゃあ、中にどうぞ」
 蔵を閉めて鍵を下ろし、家に案内する。蔵を閉めて鍵を下ろし、家に案内する。鍵は隠し場所に戻した。名取は母から鍵の場所を聞いたのだという。隠し場所変えた方がいいよ、泥棒が探しそうな場所だから、とも。
 名取は中には入らず、縁側の方に行った。女の子だけなので、気をつかったらしい。
(あの人、まだこんな趣味続けてたんだ)
 母が言うには、古文書おたく、なのだそうだ。
 祖父が生きている頃から、出入りしていた。
 隣の市に住んでいるという話で、最初のうちは父親と来ていたが、高校生くらいからは1人で来ていた。
 最後に来たのはいつだったろう。祖父が亡くなってしばらくした頃、お参りに来てくれた覚えがある。
 タキが蔵の中身に興味があるので、蔵への客については家族が教えてくれる。だから、いない間に来ていたわけではないはずだ。
 多分、2〜3年来ていなかったと思う。
 去年、テレビに出ているのを母がみつけて驚いていた。今や、知らない人はいないんじゃないかという超人気俳優だ。
 なのに、まだ古文書好きなんだ。
 縁側の窓を開けてから、お茶の用意をする。名取は、暢気に縁側に腰掛けて手入れされた庭を眺めていた。
「忙しいんじゃないんですか?」
 お茶を出しながら訊くと、名取が怪しく笑む。
「忙しいよ。でも下手に遊びに行けないからね、時間がある時は相変わらず、書物に囲まれているんだよ」
 礼を言って湯のみを手にし、名取はまた庭に視線を戻す。
 タキは、自室へ本を取りに行った。
 タキはあまりテレビを見ないが、知っている人が出るのを見るのは嫌いじゃない。
 なので、通りがかりに母がドラマを見ているのに行き会えば、一緒に見たりする。
 なんというか、とにかく、恋愛ドラマばかり出ているなあ、という印象だった。
 真面目な愛も、淡い恋も、愛を手玉に取る悪役も、愛に命を賭ける役も。
 タキの記憶では、リアルな当人は確かに美形かも知れないが、恋愛と縁があるように見えなかった。
 少し、雰囲気が変わったかも知れない。
 色気、というか。モテてる自信、のようなものを感じる。
「ねえ、庭、その辺で、なんか変わったことなかった?」
 タキが本を手に戻ると、名取は庭に立っていた。さっきまではしていなかった眼鏡をかけている。
「ねえ、透ちゃん」
 家からは植え込みの影になって見えない場所を指差して。
「ここらで、なんか、やった?」
 ドキリと、心臓が強く鳴った。
 名取が指差す、まさにその場所で。
 タキは、祖父の残したメモに載っていた陣を描いていたのだ。
 何度描いたかわからない。あの額に傷のある妖怪を封印してからは、描いていないけれど。
 でも、それを名取にどう説明したものか。黙り込んでいると、名取は庭の隅にあった竹の棒を拾ってきた。
 そうして、その場所に落書きを始めた。
 タキは、縁側のサンダルをつっかけて庭に降りた。
 タキの目の前で、あの陣が再現されていった。
 細かいところまで正確に。手本を見もせずに、名取は完璧に描き終えた。
「透ちゃんが描いてたの? これ」
「・・・・・・そう、私。でも、なんで・・・・・・?」
「これは『姿写しの陣』だね。見えた?」
「・・・・・・何、が?」
 タキは、名取を見上げた。少し、寂しげな顔に見えた。
「妖が・・・・・・。妖怪、の方が通じるかな」
 あの、不思議な姿の者達。大きいもの小さいもの、ただ通り過ぎて行った者もいれば、タキに気づいて驚いて逃げて行く者もあった。
 そして、恐ろしい呪いを吐いた妖も・・・・・・。
 そのことを話したものか。何を、何から話したものか。迷っているうちに、名取は陣の外側に立ち、手を合わせた。
 なにやら、祭文らしきものをブツブツとつぶやき続ける。タキが見ている前で、陣の線がぼんやりと薄らいでいった。
 最後に何か強く唱えて、ぼふっと軽く土煙が上がる。陣は、完全に消え失せた。
「妖の気配が少し残っていたので、清めたよ。何かを呼んでもいけないから。随分、何度も描いたみたいだねえ。陣そのものが気配を作るほどに」
「・・・・・・名取さんも、見えるの? 妖が?」
「見えるよ。ずっと昔から。透ちゃんは、この陣がなくても見えるの?」
 タキは首を振った。
「これがないと見えない。もう、描かないけど・・・・・・」
 縁側に戻って、タキは額傷の妖の話をした。夏目のことは『学校の友人』とだけ話した。名取は黙って聞いていた。
「遡って13人に、あなたも入っていたかもしれない」と聞いても、頷いただけだった。
 すべて話し終えると、名取は眼鏡を外して懐に入れた。
「透ちゃんて、学校どこだっけ?」
 高校名を教えると、少し考える風だったが、特に何も言わずにタキが持って来た本を手にした。
「お守りは、その子のためだったのかな?」
「ええ。あと、もう1人少し見える人いて。2人分」
「へえ、男の子?」
「うん、2人とも」
 おやおや、と言いつつ、名取は本を丁寧にめくる。目指すページをみつけたのか、しばらく黙って読んでいた。
 やがて、ぱたりと本を閉じて返してきた。
「まあ、今度何かあったら、相談して。その男の子より先にね」
 にやりと笑って言う。
「忘れてるかも知れないけど、一応婚約者なんだから」
 そういえば、タキの祖父と名取の祖父の間でそんな話があったと、聞いたことがあった。
「忘れてます」
「ははは。まあ、私も忘れてたけどね」
 また眼鏡を出してかけながら、名取は立ち上がる。
「じゃあ、女の子1人のとこにいつまでもいるわけに行かないし、帰るよ。今日はありがとう。お母さんにもよろしく」
 名取は帽子を深くかぶって、にこやかに帰って行った。
 昔は、顔は確かに良かったが、真面目で丁寧なだけの地味な人だったけれど。
 大人の男の人になったんだなあと、タキはぼんやり思った。
 婚約の話があったのは、7〜8年前だったろうか。名取はもう、高校生くらいになっていただろう。実は結構本気な話だったのかもしれない。
 互いの祖父が生きていたら、の話だが。
 まもなく母が帰って来て、なんで引き止めておいてくれなかったの! と怒られた。早く帰るって名取には言ったのに、と。
「じゃあ、文句は名取さんに言ってよ」
「サインくらい貰っておいてくれなかったの?」
「しないわよ。またそのうちくるでしょう、おじいちゃんの本目当てに」
「あんた達、婚約してるの忘れてる?」
「名取さんも言ってたわ。お互い忘れてました」
「名取君覚えてたの!? じゃあ有効じゃないのその話!」
「そんなわけないでしょ」
 呆れて、タキは部屋に戻った。母は名取が『見える』ことを知らないのだろう。知っていたら、婚約を進めようとは思わないはずだ。
 母は元陰陽師の家系という歴史を疎んでいるのだから。
 だから、名取も古文書おたくのふりをしているのだろう。
 夏目君を、会わせてあげたらどうだろう?
 夏目にとって、いい相談相手になるかもしれない。

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