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新しい日々の始まり

「いらっしゃい、貴志君」
 塔子のやわらかい声によって招きいれられた家は、木造2階建ての和風の大きな家だった。
「ね、私たち夫婦だけじゃ、広すぎるでしょ?」
 初夏を迎えようとしているのに、風の通りも良く、家の中も外も空気が澄んでいる。
 空気の濁った街中のマンションから引っ越して来た夏目には、呼吸のしやすい、とてもいい家だった。
 藤原夫妻が夏目を迎えてくれると決めてから、実際の引越しまでには数ヶ月を要した。
 遠戚の登場に、近い親戚たちの間でもめたためだった。
 たらい回しにされていたものの、正式には後見人は決まっていた。若干ながら、父母の残した財産もあった。
 そういった色々なものが絡み合って、藤原夫妻と夏目の気持ちは決まっていても、なかなか実現に至らなかったのだ。
 藤原夫妻は、そんな中でも根気強く夏目を引き取ることを主張し続けた。
 自分の所で引き取りたいなどとはかけらも思っていないはずの親戚たちが、夏目を手元に置く苦労をさんざん伝えた。
 それでも、彼らは諦めなかった。
 ちょうど高校進学の時期に当たっていたため、とりあえず世話になっている家の近くの高校を受験し、入学した。
 藤原夫妻は、転校すればいいから、と応援してくれた。
 煮え切らない親戚たちをよそに、滋が夏目の転校やその他法的手続きを着々と進めて外堀を埋めて行き、ようやく親戚たちも夏目が藤原家に行くことを確定したものと認めた。
 穏便なばかりではなかったので、たとえ、藤原夫妻が夏目を放り出したくなっても、夏目はもはや近い親戚たちの元に戻ることはかなわないだろう。
 夏目は、すべてを覚悟して、藤原夫妻の元に行くことを選んだ。
 いざとなれば、高校をやめて働けばいい。
 今は、彼らを信じて、行こう。と。

 2階の部屋に案内されて、驚いた。
 初めての個室。初めての広い部屋。
「いいんですか? 本当に、僕1人で?」
 塔子は、くすりと笑う。
「言ったでしょう、部屋数も多いの。ここは滋さんの子供部屋だったんですって。ずるずる物置みたいになってたんだけど、大人になった滋さんの部屋はこの奥に別にちゃんとあるのよ」
「そっちの部屋は休みや夜に使うが、普段は2階はほとんど使わないんだ。この部屋でいいかい?」
「はい。ありがとうございます」
 夏目は、少しとまどいがちに笑った。
「それでね、私たちからプレゼントがあるのよ」
 塔子が、部屋に夏目を押し込みながら言った。
「貴志君に来てもらうって決めてから、少し時間があったでしょう? だから、色々準備する時間があったから、私たち、がんばったのよ」  そういって、その部屋に置いてあった家具類を示した。
 文机と、座布団と、小さな本棚と、箪笥。
「文机は滋さんが子供の頃使っていたんですって。箪笥は私の嫁入り道具なの。古くなってたから、表面を削ってもらったんだけれど。あと、本棚は滋さんの手作りよ」 「古い家なんでな、なじんだ物の方が気後れしなくていいと思ったんだが。お古で悪かったかな?」
「いいえ、ありがとうございます! 嬉しいです」
「その座布団は、塔子の手作りだよ」
 塔子が、気恥ずかしそうににこにこと笑っていた。
 少し休んで、お昼まで片付けるといい、と、2人は下に降りて行った。
 夏目は、塔子の作った座布団に座って、滋の文机の前に座って見た。
 和室で、南向きに大きな窓があって、とても広くて。
 本当にこんな部屋を1人で使っていいんだろうか、とも思う。
 けれど、2人が準備してくれた品々が。
 夏目を、落ち着かせてくれた。
 ここに来て良かったのだと、信じさせてくれた。
 部屋には、いくつものダンボール箱が積んである。
 これまで世話になって来たあちこちの家に分散してあった夏目の荷物と、夏目の父母、そして祖母の遺品が入ったダンボール箱たちだった。
「結構、たくさんあるなあ」
 移動が頻繁だったので、次の親戚の家に移るときは、学校の荷物とそのシーズンの衣類くらいしか持たなかった。
 それでも、親戚を回るうちに父母や祖母の遺品が集まって来て、それらを捨てることはできず、たまるときちんと保存してくれそうな家に預かって貰っていた。
 そのうち、ゆっくりと中身を見てみよう。
 箪笥を開けてみると、すでにいくつか衣類が入っていた。
 いずれも新品を洗ったものと思われる。冬物も、春物も、夏物もあった。
 塔子が、冬に来るか、春に来るか、夏こそ来るか、と、増やしていったものらしい。
 夏目は、くすりと笑う。
 午後は滋が床屋に連れて行くという。塔子は連休明けから転校する学校の体操服と学ランのボタンを買いに行こうという。
 新しい生活が、今日からスタートする。
 ちょっぴり不安、たっぷり期待の。
 新生活の、スタート。


がーっと書いて、ぱっと保存したら、どこに保存したかわからなくなったSSその6です。
検索かけてもみつからなかったんですが、変なところからひょんと現れました。ちょうど作品の季節に。
間に合ってよかった。
今、頭の中身は、名取さん長編の続きと、その番外編の的場話がただよっています。
漂っているんですが、時間がないんです。残業三昧です。6月半ばまで続きます、この生活。
子供らはババまかせで子供らが寝てから帰宅というの日が続いております。
最後の大詰め頃は、下手すりゃ帰れない。
同じ職場で、うちの末っ子と同じ歳の子がいる人は4時帰りなのにねえ。
はい、うちには夫方のですがババがいますです。信用してます、あてにしてます、がんばりますぅ〜〜〜。
まだ色々リンク等移転に伴う修正が済んでいないところが多々あります。申し訳ありませんが、しばし放置となります。ごめんなさい。
迷子になったら、TOPから入りなおして下さい〜。ごめんなさい。

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