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つかわれしものたち

「大丈夫なんですか、飲んで」
 みはしら様お気に入りのにごり酒を注ぎあいながら、的場が尋ねた。
「まあ、少しくらいいいでしょう」
 禁酒と言われた気もするが、味見くらいはしたい。
「じゃあ、退院おめでとうございます、ということで」
「はあ、どうも」
 ベッドに寄りかかれる所の方が楽だろう、と、的場が場所を譲ってくれたので、名取は体が楽なようにベッドにもたれつつ、杯を傾けた。
 なんでこんなことになっているんだろう、と思いつつ。
「ああ、これは確かに、うまい酒ですねぇ。長野ですか、へえ」
 しみじみと言いつつ、的場が酒瓶のラベルを確かめている。
 羽織も脱いで、すっかりくつろぎモードだ。
「イメージじゃないんですけど、友達の家とか、遊び行き慣れてる?」
「は?」
 人の部屋に勝手に上がり込んで、テレビドラマを見ていたり、SEXシーンにコメントしたり、こたつに日本酒でくつろいでいたり。
 まるで、普通の若者のようだ。
「ああ、名取さんのイメージ通りかは知りませんが、友人というのはいませんよ。ただ、うちは住み込みが多いですから。部下たちの部屋にお邪魔させてもらって忌憚なく語り合うことも、まああるわけですよ」
「ああ、なるほど」
 当主として部下たちと親交をもつこともしているわけだ。あまりイメージではないが、ほとんどが年上の部下たちだ。公私を使い分けることで、うまくバランスを取っているのだろう。
 撮影でも、話の人間関係のフォローを打ち上げでしている感じになることもある。
「テレビ、よく見るんですか?」
「見ますよ。外の方とのギャップを埋めるのにいいから、と勧められて。名取さんが出るドラマも見たことありますよ」
「はあ、そうですか」
「で、本当に体調はもういいんですか?」
 主に的場に酒を注ぎながら、ぽつぽつと話が続いた。
 質問し合うことが多かった。お互い、知らないことがたくさんあったから。
 体調のせいか、小さな杯に数杯飲んだだけで、名取は酔いが回ってきてしまった。的場の方はまだまだのようだったが、それでも酔いのせいか、気安い会話に移行していった。
「へえ、色男の名取さんなら毎日女性の見舞い客で寝る場所もないような状態になっているのかと思っていましたよ、花束で」
「誰も来ませんよ。姉だけ。社長とマネージャーが来たかな。撮影先から救急車で運ばれたから、スタッフが一回来たな。それだけ」
「じゃあ行ってあげれば良かったですねえ。七瀬が行ったときは面会謝絶だったそうですけど」
「ああ、柊が、伝言受けました。じゃあ、見舞いに来た女性は3人ですね、一応。姉と、七瀬さんと、スタッフの人」
「結構若い女性いましたよね、撮影隊。誰です? あのチビっこい人?」
「いや、金髪に近い茶髪の、背の高い人」
「ああ、あなたに濡れ鼠にされた人ね」
「もうちょっと早く来て欲しかったですよ、あれは」
「すみませんねえ。お昼食べてから行ったもんで」
「うわあ、それは本当にすみませんですよっ。前夜あなたの中に引っ張り込まれて死にかけて、あの祓いで溺れ死にかけて、あなたの祓いでまた入院になったんですからねえ」
「生きてて良かったですねえ」
 ひと言で片付けられて、名取はこたつに突っ伏した。立ち直れない。
「お酒はもうやめておいた方がよさそうですね、名取さんは。勝手にいただいてますよー」
「好きにして下さい・・・・・・」
 突っ伏した名取の首筋を、復活したヤモリの痣が通りすぎた。
「おや?」
 的場が手を伸ばすと、バッと、名取が起き上がって身を引いた。
 的場の手が、半端に浮いて止まった。
 名取は、体を固めてしまった。
 一気に、酔いが吹っ飛んだ。
「・・・・・・とって欲しくは、ないようですね」
 そう言って、的場は手を引くと、杯をとった。
 とって、は、欲しい。うっとうしく全身を這い回るヤモリなぞ、居ない方がいいに決まっている。
 急激に、あの晩のことが思い起こされた。
「そういえば、あの時もそれをとった後、急に逃げ出そうとしたんでしたね。私としては、目障りだったのでとったんですが。放り出してどこかに紛れてもやっかいなので、あなたの気で生きている痣だから、まずはこれをいただくとするかな、て。吸収した感じは、まさにあなたと同じでしたよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 名取は、息を吸って、吐いた。
 慄いて、呼吸までも止めてしまっていたから。
「・・・・・・すみません、ちょっと、自分でも、よくわからない感じで・・・・・・」
「・・・・・・別に、私はどうでもいいですよ」
 的場は、まさに、名取を喰おうとして、ヤモリの痣を喰らったのだ。
 名取は、自分で自分の体を抱いて、震え出しそうな体を押さえた。
 的場が、そんな名取を見て、杯を置いた。
「もう、帰りますかね?」
 こたつから出て。
「それとも・・・・・・」
 膝を進めて、名取に近づいた。
 ベッドとこたつに手を置いて、名取には触れずに、顔を寄せる。
「また、あなたを、抱きましょうかね?」
 名取は、身を固めて俯いたまま、答えなかった。
 恐怖感も畏怖感も忌避感も嫌悪感もある。けれど、動けなかった。
 そっと、的場の手が名取の頬に触れる。名取は、びくりと身を震わせた。
「まるで、初夜の生娘ですね」
 的場がため息を落とす。呆れたのかも知れない。
 みはしら様は、名取に何を求めているのだろうか。
 目の前の男に、心身とも犯されて、深く傷ついている名取に。
 的場が顔を寄せてきた。
 名取は、ただ、待ち受けた。
 深い深い傷の存在。
 みはしら様の拒絶。
 ・・・・・・癒されたい。
 誰かに。
 誰でもいいから。
 的場は、名取の唇に口づけて、反応を見た。
 また、抱きたいと思った。そのチャンスがきた。
 名取は、歓迎しているわけではないが、許してはいるらしい。
 唇で唇を広げて、舌を侵入させる。はじめ、名取はただ的場に舐らせていたが、少しして舌に舌を絡ませてきた。体の力も抜けてきたらしい。首筋をなでると、湿り気が感じられた。冷や汗なのか。
 更に身を寄せながら、的場は思う。
 何故人は、抱き合うのだろうか、と。
 男だろうが女だろうが、身を寄せ合って。
 相手のやわらかさを感じて、体温を感じて。
 時には、我を忘れるほどに、強く、深く。
 名取が、的場と寝たくて身をまかせているわけではないと、的場は気づいていた。
 どこか、弱さがある。だから。
 理由はなんでも、構わない。
 抱きたいと思った体が、抱かれても良いと、腕の中にある。
 的場は、名取の体に愛撫を与えながら、思う。
 愛とか恋とか、種の保存とか。
 そんなものは関係ない。
 ただ、今、この体を抱きたい。
 それだけのことだ、と。

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