夏目が目を覚ますと、名取の姿が消えていた。
・・・・・・またか。
夏目は、六時前という時刻を確認すると、急いで着替えて布団を片付けた。
昨日の朝はびっくりしたが、行き先の見当はついている。
ニャンコ先生は、布団から転がり落とされてもまだ眠っている。遅くまで酔っ払っていたからだ。
先生を放置して、夏目は離れを出る。冬の夜明けは遅い。思ったとおり、道場に明かりがついていた。
こっそり、床に近い窓から中をのぞいてみる。
「うわ・・・・・・」
道場の照明に、名取の手元が反射した。真剣を振り回しているらしい。
対峙しているのは、名取の父だ。こちらがふるっているのも真剣だ。
夏目は、息をのんで見守った。これでは、うかつに戸を開けられない。
2人ともが刀を鞘に収めて、やっと息をつける。
2人は、互いに間合いをはかっているらしい。
すぐに、同時に鞘から剣が抜かれ、互いの身をかすめるように一閃する。更に。もう一刀。
また離れて鞘に収める。
「・・・・・・こわ」
話には聞いていたが、これが年明けに奉納される演武会の稽古なのだろう。
真剣で、動きも速く、本当に体すれすれのところをかすめるように刀をふるうので、見ている方はすごく怖い、と名取の姉が言っていた。確かにこれは怖い。
でも、すっかり元気になったなあ。
様子を眺めながら、夏目は安堵の息を吐いた。
おとといの晩、夏目が母屋に夕飯に呼ばれて戻ると、名取はぐったりと座卓に突っ伏していた。夏目が離れを出る前までは、ぴくりとも動かなかったのに。
交代で離れにいた義兄の説明によると、急に咳き込んで起きたのだという。
やはり池の水が胃や気管に入っていたらしく、相当苦しんで吐いたりした。落ち着いたものの、シーツを替える間、楽なように座卓につかまらせておいたら、今度は座卓に張り付いたままなのだと。
2人がかりで布団に戻すと、時々咳を繰り返して、苦しげだった。それでも意識があるようだったので、これで一安心だから、と、義兄は夏目に後をまかせて母屋に戻って行った。
柊によれば、低い水温とみはしら様の保護のおかげで、3時間も水に浸かっていたのに助かったのだという。今の今まで、ほぼ仮死状態だったが、これでもう大丈夫だ、と。
柊が寝ずの晩をしているから、ということで、夏目も名取の隣りに床をとった。ニャンコ先生は泥酔して、名取の布団と夏目の布団の上を行き来する派手な寝相で熟睡していたが、夏目はなかなか寝付けず、眠るのが遅くなってしまった。次にはっと気づいたら、隣に名取がいなかった。柊もいない。
慌ててニャンコ先生を叩き起こして探すと、道場に明かりがついていて、道場から名取の父が出てくるのに行き会った。曰く、「介抱してやってくれ」と。
慌てて道場に入ると、中で道着姿の名取が倒れていた。
柊の話によると、名取は目を覚ますなり一人稽古にやってきた。そこに父が現れ、稽古をつけてくれたのだと。
名取が妖や式相手に棒をふるうのを見たことはある。どの程度の腕前なのかはよくわからなかったけれど、状況からして、名取の父が相当の有段者であることだけはよくわかった。
病み上がりの名取を容赦なくぶちのめして行ったらしい。柊は、ここの稽古はいつも戦国の世の実戦さながらなのだと説明する。名取は演武会まで俳優の仕事も休みになっているので、多少の痣は問題ない、と。
名取は、そんな調子で昨日一日、道場で倒れて目を覚ますと離れで一休みしてまた道場に行って一人で、もしくは時々稽古に現れる誰かと練習試合をしたりぶちのめされたりして、ふとしたきっかけで倒れてまた離れで休んでというのを繰り返していた。
道場で必要最低限話すだけで、夏目にはひと言もない。ただその懸命な様子に、夏目はひたすら介抱したり手当てしたり肩を貸したりとついてまわった。
名取は水も食事もとらず、それでも夜にはおとなしく布団に入った。夏目は疲れ果てて、ぐっすりと眠ってしまった。
そうして、また朝から稽古だ。今日はぶちのめされていない。見守っていると、タイミングをずらしてそれぞれが頭上をかすめるように一閃させた後、互いに背を向け、何かを切り、刀を収めた。
終わったらしい。寒いので、夏目は道場の入り口にまわった。中も暖房はないが、風がないだけマシなのだ。
戸を開けると、目の前に名取の父が来ていた。
「おはよう」
ひと言だけ言って、身をよけた夏目の横をすり抜けて去って行った。
どたんっと音がして、つい名取の父の背を見送っていた夏目は慌てて中を見る。案の定、名取が倒れていた。
「名取さんっ!」
駆けつけると、名取は目を開けていた。昨日までと違う。
「名取さん、大丈夫ですか?」
「・・・・・・なんで、ここに?」
「・・・・・・おとといから居ますけど、おれ」
「学校は?」
「ちょうど冬休みに入ったんです」
「・・・・・・そう」
体を起こそうとしたので、手伝った。
「大丈夫ですか?」
聞きなおすと、名取はしばらくぼんやりと道場の出入口を眺めていた。
「名取さん?」
「・・・・・・ああ、大丈夫」
様子に反して、名取はしっかりと歩いて離れへと戻った。座敷に落ち着いてから、夏目はおとといからのことを名取に話して聞かせた。名取はまったく覚えていなかった。
「道理であちこち痛いと思ったら、そういうわけか・・・・・・」
名取は、両の手のひらを開けたり閉じたりしてみている。左の小指と薬指が腫れている。昨日打たれたのだ。顎の片側にも青あざができているし、見えない手足や体にも痣はできているはずだった。しゅるりと、手の上をヤモリの妖が通りすぎて行った。
「昨日は体が重そうでしたし、ちゃんと歩けない時もありました。でも、今日は動きが良かったみたいでしたよ」
「うん。少しだるいけれど、大丈夫だよ。腫れてるとこはにぶいかな」
「湿布貼りましょう」
昨日からの夏目の仕事だ。今朝は道場に行く前に取り除いて行ったらしい。名取は、おとなしく手当てされていた。見ると、手を夏目にまかせて、ぼんやりと庭を眺めていた。夜が明けて、白んできていた。
「・・・・・・できましたよ」
「うん、ありがとう」
湿布に包帯を巻かれた左手を、名取は右手でおさえた。
「もう、大丈夫だから、今日は帰りなさい。悪かったね、貴重な冬休みを」
「・・・・・・何があったか、聞いたらダメですか?」
一ヶ月もの入院と、更に一週間の入院と。世間では、急性肝炎と過労ということになっている。
けれど、夏目は名取が最初の発熱の時に妖の影響を受けていたことを知っている。そして、にゃんこ先生に口止めしたことも。
「・・・・・・・・・・・・」
名取は、夏目の目を見返した。
けれど、その唇は何も語ろうとはしなかった。
夏目も、名取に話せていないことはある。だから、無理強いはできないのだけれど。
話せば楽になれることであるなら、その聞き手になってあげたかった。きっと、名取には、話せる相手など、いないのだから。
「いか〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!」
2人の間に、ニャンコ先生がすべりこんで来た。
「いかん、話すな名取、話さんで私に酒と温泉と刺身と温泉卵を貢ぐのだーーーーっ!」
がつん、と、夏目の鉄拳がニャンコ先生の頭にぶちあたった。
一テンポ遅れて、名取が大笑いした。
「・・・・・・名取さん?」
名取は、ぶちのめされたニャンコ先生を笑いながら抱き上げて、頭をなでた。
「しばらく忙しいけど、土日に体が空いたら連れてってあげるよ、温泉旅行」
そう、夏目に言った。
夏目は、がっくりと肩を落とした。
今朝は、名取はきちんと朝食を摂った。五分がゆ少々ではあったけれど。お茶を飲んでいるところに芸能事務所から電話があって緊急の仕事を押し付けられ、早々に迎えに来たマネージャーに車に押し込められる寸前。
「夏目っ」
名取は、夏目に笑顔を見せた。
「ありがとう」
手を振って、車に乗り込んだ。
夏目は手を振り返して、車がすっ飛んでいくのを見送った。
結局、話してもらえなかったけれど。
多分、終わったのだ。もう。名取のトラブルは。
夏目は、薄く笑んで、足元にいたニャンコ先生を抱き上げた。
「挨拶して、帰ろうか。うちに」
「・・・・・・ああ、そうだな」
名取の棲家は、安住の地ではないようだったけれど。
名取は、名取を必要とする場所へ向かった。
だから、自分も帰るのだ。
滋と塔子の待つ、藤原家へ。
夏目の、今の居場所へ。
第一部終わりです。
いえ、単に、最初は的×名をちょっと書いてみたかっただけなんですよ。私的には趣味はノーマルカップリングなんですが、夏目は女性キャラ少なすぎますから。タキちゃん15歳だしね。
だからといって名×夏とか的×夏とか夏目受け系はオーソドックスすぎてひねくれ者な私には向かないし。名取好きな私は地道に名×柊を探したりもしたんですけどね。これも少ないですねえ。
的×名は×柊よりはありましたが。あんまり、この2人のラブラブは想像できず。実際、よそのサイトさんでもラブラブ系はほとんどなしですね。サド的とやむを得ずな名取という組み合わせが多く。
とはいえ、×夏に比べれば取り扱いサイト少ないし、ついつい、昔とった杵柄〜!!と、書き出してしまったのが『罠』でした。そして天邪鬼な私は、ただHさせることができず。罠にはまった名取と、術のために名取を落とす的場という設定になったのでありました。
更に、長編ぐせのある私は、ずるずると続きを書き連ねていってしまい。
更に主人公を病気にして弱らせるという設定がひそかに好きなものだから、名取に高熱出させてみたりして。ずるずると。
でもって、何故かマイブームが現在神道・古神道系で。そもそも心理戦系は大好きなもので。ユング心理学とかね、これ、大好き。宗教心理学宗教哲学なんてのも。そうかと思うと臨死体験とか脳とか精神系とかも好きで。怪談とか妖怪とかも好きで。
で、みはしら様が出没してきてしまいました。日本の神様というのは、元ヒトだの自然神だの結構いろいろなんでもありで。八百万の神々のおわす国という考え方は、とても好きなのですよ。元が岩でも水でも古びた品物でも呪う人でも。神に祀り上げちゃう。露神さまとか、豊月さま不月さまとか。日本のそういった信仰心が消えていくのは、哀しいです。
ちなみに、最後に名取がみはしら様と「接触」する場面は、臨死体験や幽体離脱体験談からとりました。体外離脱した状態でのSEXです(笑)体験談によると、触れるだけで肉体でのSEXをはるかに凌ぐ感覚を得られるのだそうですよ。まあ、快感というようには表現しませんでしたが。的場とのHを以後に引きずらないためにみはしら様と「接触」してもらってみました。
第二部はできれば夢小説機能を入れてみたいんですけどね。技術的にどうかなあ。まだ調べてないんですが。
なんだかんだ、おかげさまで閲覧してくださる方が増えているようで、うれしく思っております。が、実際に感想というものは掲示板で一名さま下さっているくらいで。うーん。まあ、ある意味非常に偏った文章書きなので、自己満足ですから、ご賛同いただけてないのかなあというのはしょうがないんですが。
SSや中編も今後取り扱っていく予定なので。私調でよろしければ、こんなの書いてーなご希望を投げていただけると、もしかすると書く気になるかも知れませんので。たまには掲示板でも送信フォームページででもメッセージいただけるとうれしいです。どうぞよろしく。(現在(2014年)掲示板・送信フォームはありません)
まだ怪談と小野不由美サイトと?コーナー設置予定となってますんで、意見の多い方に時間を割いていくことになりますんでねー♪ ああ、ここまで書いて、なしのつぶてだったら。。。怪談に走るか。。。
相互リンクも募集中です。
あと、名×的もしくは的×名、または名×柊なおすすめサイトがありましたら是非お教え下さい〜♪ よろしくお願いいたします。
第二部はかっこいい元気な名取の予定です(笑)予定は未定(笑)ではではどうぞ今後ともよろしくお願いいたします。