障子越しの月明かりが、名取の顔を照らしていた。
その明かりが、縦に照度を増した。それが広がっていく。月明かりが、まともに入ってきた。
それでも、名取が気づく様子はなかった。
明かりが遮られ、再び、障子が閉じられる。
遮った影は、柊。
足音もなく、名取のそばへと移動した。
「主さま」
返事はない。
「主さま」
やはり、返事はない。
しゃがんで顔をのぞきこむ。いつもなら、柊が気配を顕す直前にはそれを察知するのに、目覚めない。
そっと、頬にかかる髪をはらってやる。うっすらと、ヤモリの影が残っていた。
「どこにいったんです? ヤモリは」
頬をなでてやると、わずかに表情が変わった。生きている。深い眠りに落ちているのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
柊にも、何があったかはわかっていた。
何故あっさりくれてやらねばならないのかは、理解できない。名取にとって、本意ではなかったはずだ。
しかし、柊も、本意ではない蔵守りをやらされていたことがある。
意に沿わなくとも、成さねばならぬこともあるのだろう。
柊は、部屋の外へと向かう。ドアを開くと、「うわっ」と貧弱な男が悲鳴を上げた。外で見張りをしていたらしい。
「新しいシーツくらい寄越せ」
貧弱だが、柊を見る能力はあるらしい。男は、部屋の中を指差す。
「お、押入れに」
「わかった」
ばたんっ! と勢いよくドアを閉めてやる。
押入れを開けると、男の言うとおり、予備の寝具とともにシーツもあった。それを持って名取の傍に戻る。
布団をはがすと、名取が身じろぎした。
「・・・・・・っ」
さすがに、全裸の違和感が意識に刺激を与えたらしい。が、柊は構わず名取の体に手をかける。
軽く抱き上げて、剥いだ布団の上に寝かし直した。
それから、陣を描いた汚れたシーツをはがし、新しいシーツをかける。そこに名取を寝かし直してから、
また布団を掛けてやった。
名取の意識が、じょじょに戻ってきた。
シーツの冷たい感触。誰かが、自分を動かした。水音が聞こえる。
何かが、近づいてくる。目が開かない。手足が動かない。すぐわきに誰かが座る。上半身が露わにされる。
ああ、裸だ。なんで・・・・・・?
額に、温かく濡れたタオルが触れた。
顔をぬぐってくれている。
自分は、どうしたんだったか・・・・・・?
幾度かタオルを洗面器の湯に戻しながら、指先まで丁寧に拭いてくれた。気配がまた離れていき、また遠くで水音。
洗面器の湯を換えに行ったらしい。戻ってくると、今度は胸と腹、そして体を動かして背中から腰。
何故体が動かないのだろう。事故か何かで、自分はそんな体になってしまったんだろうか?
思い出そうとしてみた。幾度もタオルを温め直し、湯を換え、体を清めてくれているのは誰だろう?
足の指の間まで丁寧に。最後に、陰部を清拭して、あと、、、。
痛みに、名取は体を引きつらせた。
「痛みますか?」
この声は・・・・・・。
「傷ついてる。できるだけそっとしますから、我慢して下さい」
柊だ。
怪我しているはずなのに。
一気に、すべてを思い出した。
手負いの妖との闘い、的場との面会、そして、ヤモリを食った的場のあの顔。組み敷かれ自由にされた自分と、開放。
血を優しくぬぐい、バスローブを着せて、仰向けに寝かせ、布団を掛ける。名取の目が開いていた。
「休んで下さい。・・・・・・お眠りなさい、主様」
そう言って、柊は洗面器を持って立った。
名取は、視線だけで追った。
ようやく目は開いたが、指一本動かせない。声も出せない。目も、開けているのがつらくて、
柊の姿が戸の向こうに消えると、再び閉じた。
すると、また眠りに引き込まれていくのがわかった。
休む。眠る。今は、それしかできない。
そして、それが最善のこと。
柊が戻ると、名取は眠っていた。
さっきより、生気が戻っているように感じられた。
はい、『罠』終了です。『お人よし』に続きます。管理人、頭にこの的×名設定が湧いてきて、腐女子に復活してしまいました。
まあ、基本、ノーマルですので、やむを得ずということで(無茶苦茶っすな)。
管理人、名取ファンですが、愛が変性してますので、ここの名取さんは苦労します。。。ごめんね〜>名取。
柊は妖なので、力持ちってことにしちゃいました。一応、部屋は暗いままなので、あまり見てはいないと思います(笑)