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昼前には墓地に着き、管理しているお寺の門前にあるお店で線香と花を求め、途中で桶に水を汲んで先祖代々のお墓へと向かう。
谷山姓の、父方のお墓だった。比較的新しいので改葬したのだろう、父親の両親と祖父母、幼いまま死んだ父の兄弟、そして、麻衣の両親が入っている。
「管理はね、管理組合があってやってくれるの。年会費納めるんだけどね」
「そう」
ナルは手順がわからないからと、墓参りは麻衣に従った。麻衣が墓石などに水をかけ、花を活け、線香に火を点ける。そうして、お線香を分けっこした。
墓石の前にある線香入れに半分ずつ入れて、手を合わせる。ナルも、黙って手を合わせた。
「おとーさん、おかーさん、麻衣は結婚することになりました。相手はこの人です。ナルって言います。春には孫が生まれます。これからも見守っててください」
ナルは、普通黙って手を合わせるものだという認識はあったらしい。けれど、麻衣が語るので、しばし間を置いたあと。
「どうぞよろしく」
とだけ言った。
麻衣はにまりと笑い、顔を上げる。墓石の向こうに、青空が見えた。
お父さん、お母さん、麻衣はこれからもがんばります!
またしばらくは来る予定がないから、と、麻衣はお花を引き上げる。萎れた花や果物などを放置してはいけないルールになっているのだと、ナルに説明する。桶やひしゃくを返すところに、花を置いていける場所があり、果物などは持って帰るのだと。
「ふうん」
「まあ、墓地によってルールは多少違うけどね。点検して撤去してくれるところもあるんだろうし」
「・・・・・・昼食、どうする?」
同じく門前に、精進料理の店があった。
麻衣は高そうで入ったことはなかったが、精進料理であればナルが食べられるものも多いはずなので、入ってみた。
ナルは朝食も食べていない。それでも、卵料理はダメだと、いくつか麻衣に回してきた。
「ええと、いいと悪いの境目って、もちょっとわかりやすくなるかな?」
なにせ、これから食事を作ってあげる機会が確実に増えるのだ。肉や魚はダメだと知っていたが、卵もダメとなると、かなり厳しい。
「植物由来はo.k.動物由来はダメ。日本料理は案外大丈夫なものが多い。昆布だしはo.k.だが、おでんのように一緒に魚肉を煮られるとダメ」
はんぺんは魚肉だ。
「うひ〜」
「食べられないわけではないけれど、気が乱れる。PKの制御がやっかいになるんだ。味はどうでもいい。野菜だけ生でも煮ても焼いてもいい。オリーブオイルやごま油なんかは大丈夫だが、揚げ物は苦手だ。胃がもたれる。味付けは塩味だけでもいいし、自分で塩でも醤油でもビネガーでも調整するから味なしでもいい」
「生野菜サラダか温野菜サラダか焼き野菜ってこと?」
「昨日の店はふろふき大根やカボチャは単体で煮たり蒸したりするから食べられる。大根は昆布だしと塩で、カボチャはそのまま蒸すか醤油と日本酒のみで煮るか」
「和食煮物、精進しまっすっ」
午後は一旦車をマンションに置きに戻り、電車に乗る。銀座に、指輪を買いに行った。
何故銀座なのかと問えば、まどかが女性にアクセサリーを買ってあげる気になったら銀座に行けと言っていたのだという。
小路を適当に歩き、ナルが何かアンテナに引っかかったようで店に入る。
麻衣は銀座と聞いただけで完全に及び腰だったが、ナルが麻衣の肩を軽く叩きながら店へ導き入れてくれた。
すぐに店員が声をかけてきて、結婚指輪を求めたいと言えば、違う階を案内してくれる。
結婚専門の階があり、またすぐに店員が一人専属で付く。
シンプルなシルバーの艶消しの指輪で意見が合い、麻衣のものだけ小さなダイヤを埋め込んだものにした。店員のすすめで内側に彫りを入れることになり、それぞれに『To noll』『To mai』と、昨日の日付を西暦で入れてもらうことになった。
一週間後にできるとのことで、支払いはナルのカード。その後、喫茶店で休憩した。
「カフェインはいいのか?」
「じゃあ、ハーブティで」
「ハーブは一種の漢方薬だ。妊婦がダメなものもあるはずだ」
ハーブも良い悪いがあるらしいので、妊婦向けハーブティーを買ってくれる約束で、その場はミルクティーになった。
ナルは紅茶のみだったが、麻衣は誘惑に負けてパフェも一緒だ。
「乳製品は?」
たっぷりの生クリームもアイスも元は牛乳だ。動物由来の。
「ミルクは調理に使っても大丈夫だが、単体ではあまり好きではない。生クリームやアイス、バターも。チーズなんかもだな。まあ、調理して薄まっているだけなら食べられる。卵は、材料に少し混じっている程度なら概ね大丈夫。アレルギーではないからな。有精卵がダメらしいんだ。自然派の値段の高いケーキなんかは有精卵を使っていることが多いのか、駄目なことが多いな。僕自身はともかく、目の前で食べているのは平気。焼き立ての肉や魚はできれば避けたいが、まあ、問題はない。でも、バーベキューは参加しないからな」
「ふええ〜」
「食べないことは無理をしているわけじゃないので、お前は気にしないで好きに食べていい。ぼーさんあたりと焼き肉大会でも好きにしてくれ。部屋でも食べていい。焼き立ては時間差をつければ匂いも落ち着くだろうから、先に食べていればいいだろう。逆に、僕が避ける時も気にしないでくれないか? おかしい体質なのは重々承知しているので、気を遣われるのも困るし、嫌がられるなら一緒にいられない」
「・・・・・・らじゃです」
返事をして、麻衣はぱくりと一口食べる。途端に幸せそうな顔する。ナルはその様子に、ほくそ笑む。麻衣はパフェに夢中で見ていなかったが、ナルの美貌を気にしていた女性客の何人かが、その恩恵に預かった。
「で、今日の最後の予定は、僕はどの辺でいればいいんだ?」
「は?」
「上司の渋谷か? 本名かってこと」
本日最後の予定は、麻衣が母親の死後一時的にお世話になった世話焼きの学校の先生のところだ。平日なので授業はあるが、試験中なので定時で帰宅できるはずだとのことで、奥さんとの話し合いで七時半頃訪ねる約束になっていた。
「ん〜〜〜? ナル的にどこまで本名出せるのかよくわかんないけど。私は、一生の御恩と思っているので。それこそ子供生まれたらまた見せに行きたいし。毎年お正月には顔出ししてるんだ。できれば隠し事はしたくないんだけど・・・・・・。でも、バイト先、中小企業の事務としか言ってないんだよねえ」
はあ〜っと、長い息を吐きながら言う。
「中小企業の事務、か。僕のことは?」
「所長はめちゃくちゃ若いとは言ってあるけど。・・・・・・傍若無人のナルシストとも言ってあるけど・・・・・・」
「・・・・・・」
ナルは、特に不快な様子は見せない。正しい認識なので。一般的にその評価がどうかということは関係ないのだ。
ただ、どう対応すべきか判断しようとしていた。
「仕事の内容は、図書整理や郵便の区分けやお客様の対応したり、たまに現場で測量手伝ったりしてるって言ってある」
「嘘は言ってないな」
「はい、まあ」
「調査内容は守秘義務で話せないので当然だが。事務所がなんの仕事をしているかも言っていないのか」
「ええと。測量会社か不動産関係だと思ってるみたい。そのぅ、話、通じるか、わかんないから」
「つまり、嫌われたくない、ということだな」
「・・・・・・うん」
ナルはため息を落とし、顎に手をやる。
「一生付き合う気があるのなら、この際ばらすしかないだろう。拒絶反応を示しそうか?」
「いや、そこまでは。多分、ね。ほら、普通に怪談とかそういう話もするけど、本気で信じてるかっていうと、どうかなあっていう」
「まあ、わかる。いずれにしろ、僕はまず信用されないだろう」
「え? そなの?」
「この顔で、この年で、所長だぞ? しかも心霊調査だ。日本の常識で考えてみろ」
麻衣は、パフェのアイスをひと匙すくって口へ運びつつ、眉根を寄せて考えてみる。
超絶美青年が渋谷の一等地で心霊調査の中小企業の所長をやっている。
「うわ。パトロンとかいそう。別の意味で」
ナルには多くのパトロンがついている。ただし、日本のパトロンは違う意味だ。ナルもその辺は学習している。
「んー。でも、山本先生は、人を見る目あるから。少し話せばわかるよ。ナルが悪い人じゃないって」
「・・・・・・」
ナルの目の色が深くなる。底の知れない、黒に近い紺。日本人の瞳は黒いと言われるが、ナルの方がよっぽど黒い。先生は人と目を合わせて話す。きっと日本人じゃないことには、すぐ気づくだろう。
ナルは、スーツの懐から封筒を出す。
「これに、証人の欄が二人分あるだろう?『先生』に頼むのか?」
「・・・・・・そう、だね。できれば。認めてもらえれば」
まだ、真っ白の婚姻届。
「じゃあ、本名を書くんだ。あまり拡散しないようお願いして、本当のところを話す方針で。どの程度話すかは、状況次第だな」
「うん」
「それより、困る質問がある」
「え? 何?」
ナルの正体より困るネタがあるのか!?
「いつからつきあっているのか、必ず聞かれるものだろう?」
「・・・・・・あ」
確かに、この二人にとっては、とても難しい質問だった。
「バイト開始以来六年のつきあいとも、つい先月からとも、昨日からとも言いにくいんだが?」
「えーと。長いつきあいで、なんとなく、そんな感じにってことで、いいんじゃないかな?」
「正月に行ったとき、そんな話は出なかったのか? 僕はルエラから電話の度に訊かれるぞ。おつきあいしている子はいないのか、と」
「聞かれた、確かに。全然って言った」
「まあ、半年以上経っているから、その間ってことで」
「そだね」