戸を開けると、麻衣がすぐそばで待っていた。
オレンジ色の小さな向日葵がプリントされたパジャマの内側で、体を硬くして。
ナルはまっすぐベッドに向かう。スタンドの明かりをつけた。
振り返ると、麻衣はまだ戸のそばに張り付いている。
ナルは麻衣のところまで引き返す。麻衣はナルを見つめ返しながら、首をすくめていく。
亀なら完全に首が引っ込んでいるな、と思いつつ、ナルは部屋の照明のスイッチを切った。
スタンドの明かりだけ。カーテンの隙間から、都会の明かりがこぼれてくることもない。
ナルは、麻衣の正面に立つ。
麻衣が息をのむのがわかった。けれど、彼女は覚悟を決めている。ナルも、それは同じだ。
両手で顔に触れる。ナルの動きにあわせて、麻衣がぎこちなく顔を上げた。
閉じられた瞳が間近にある。
ナルは、それをみつめながら、麻衣の唇に自分の唇を重ねた。
柔らかい。
手を滑らせて喉をなでる。唇を重ねたまま、肩をなで、そして胸に触れた。
麻衣がびくりと身を震わせる。ナルは麻衣の唇から離れて、喉元に口づけた。
麻衣の胸は小さめだ。パジャマの上から、硬い乳房を手のひらで包む。肌に触れたまま唇をおろしてい
く。残った手で、パジャマのボタンを外していった。
すべて外しきらないうちにのぞいた乳首に口づける。麻衣が小さく呻いた。
肩からパジャマの上を落とす。抵抗気味に動いていた麻衣の腕をそれで封じて、ナルは口づけながら
麻衣を抱き寄せた。
「あ、あ・・・・・・」
立ったまま上半身を愛撫するのに、麻衣が声を漏らす。愛撫を続けながら、ナルは更に麻衣を剥いて
いく。脱がしながら、麻衣を立たせたまま、自分は膝をついた。
「やだ、やめてそこはやめて〜〜〜」
自分で上のパジャマを脱ぎ落として、麻衣が慌ててナルの頭を押さえて動きを止めさせた。
やむなく立ち上がると、ナルはその口を封じてやる。麻衣はもう、全裸だった。
その肌をなで、感触を楽しむ。麻衣がナルの背にまわした手で、パジャマを引っ張った。一人だけ裸
だなんてフェアじゃない、と訴えているようだった。
ナルは、麻衣をベッドに誘う。
掛け布団をよけて麻衣を寝かせ、それから、ナルもすべてを脱いだ。
クーラーを細く入れたままだった。切り忘れないようにしなくては、と頭の隅で考えつつ、ナルは薄い
羽布団をかぶりながら、自分も麻衣にかぶさった。
少し涼しくしすぎたようだ。麻衣を、温かく、柔らかいと感じる。風呂上がりのさらさらの肌を
なで、口づける。
麻衣が腕を伸ばして、スタンドの明かりを消した。
ナルは、麻衣の細い首を抱いて髪にキスをする。続いて、額に。頬に、唇に、耳に、喉元に。
肩をなで胸に触れ背中に腕をまわし腰をさする。
胸に口づけると、麻衣が短く声を上げる。
「あっ!」乳首を軽く噛むと、身を縮めた。
膝で足を開かせて手を伸ばすと、麻衣は上に逃げる。
「いたっ!」
「馬鹿」
ベッド上部の棚に頭をぶつけ、麻衣が自分の頭をなでる。その二の腕にナルは口づけた。
「そんなに、あちこちキスしないでよぅ」
泣き言を言う麻衣に、ナルは笑う。
「キスしないなら、次に進むぞ?」
「うわあ」
なさけない声を出して、麻衣が足をぴたりと閉じた。
「こら」
「だ、だってぇ・・・・・・。ええと、ちょっと、その」
「吐くとか言うなよ?」
「いや、もう吐くものないけど。その・・・・・・ちょっと、怖い、かも」
「・・・・・・優しくする」
「ええと・・・・・・」
「痛かったか?」
「・・・・・・うん」
「優しくする。今日は、焦らないようにするから」
「・・・・・・うん」
ようやく、麻衣が膝の力を抜く。ナルはご褒美に麻衣の頬に軽くキスをした。
「痛ければ痛いと言っていい。やめて欲しい時はそう言え。やめるから」
「や、やめてくれるの?」
「・・・・・・とりあえず、今日は」
「・・・・・・そん時は、言う、かも」
「ああ。言っていい」
2度も乱暴に扱ってしまったのだから、名誉挽回も大変だ。そっと唇にキスをする。
そうして、ナルは麻衣の耳たぶを噛んだ。
「痛いっ!」
そう言わせておいて、いたわるように唇で噛む。いった〜い、と麻衣はなおも苦情を言う。
「そんなんすると、仕返しするよ?」
「できるものならどうぞ?」
言って、ナルは今度は乳首を噛む。
「いったいっ痛い痛いってばナル〜〜っ!」
もがいて暴れる隙に、ナルは麻衣の膝の間に自分の膝を割り込ませることに成功する。
「あ、や・・・・・・っ」
とっさに逃げようとする肩を捕まえる。
「また頭をぶつけるぞ」
首をすくめる麻衣の額に唇を寄せる。そして、その頭を抱いた。
「あ、あっ、やっ!」
麻衣が全身を硬くする。ナルは麻衣の髪をなで、耳にささやく。
「大丈夫。そっと入る」
「あ・・・・・・あ、ん、ん〜〜〜・・・・・」
明かりを消されてしまったので、麻衣の表情はわからない。それが目的で消されたのかも知れないなと、
ナルは思う。
深くもぐり込み、麻衣の体を抱き寄せる。麻衣は体を硬くしたまま、喉の奥で呻いた。
「痛いか?」
「ん・・・・・・い、痛い・・・・・・」
「やめるか?」
「・・・・・・大丈夫」
やめてと言われても説得するつもりだったのだが・・・・・・。
慣れないうちのことだし、と、今日のところは麻衣に合わせることにして、ナルは
できるだけゆっくりと、丁寧に、体の他のところも刺激して痛みから気をそらさせるように気を遣い
ながら、麻衣を抱いた。
麻衣はとうとう、最後まで我慢し通してくれた。
その額にキスをして、ナルは麻衣から離れた。
並んで横になり、麻衣を抱き寄せる。
「お疲れさま」
「・・・・・・はい」
場違いな言葉でねぎらうナルに、疲れ果てた様子で麻衣が応える。
「ごめんね」
「何が?」
麻衣の髪を梳いてやりながら、ナルは物足りなげにその髪にキスする。
「前と、違う」
「こっちの方がいいだろう?」
「・・・・・・うん。あっ・・・・・・」
麻衣が慌てて何やら手探りする。ナルはスタンドをつけて、ティッシュの箱を渡した。
今回は、やさしかった・・・・・・。
痛かったけれど、もうやめてと言いたくなるほどではなかった。
愛し合う行為なんだなと、思える交渉だった。
ナルが床に落ちていたパジャマと下着を拾ってきてくれたので、麻衣はスタンドの明かりの中、それを
身につける。ナルもベッドの反対側でパジャマを着ていた。
「ほんとは、もっと、違うんでしょ?」
麻衣はその背中に声を掛ける。
「ん?」
「ほんとは、前みたいに、するものなんでしょ?」
ゆっくり丁寧に、ではなく、激しく・・・・・・。
ナルが着替えを終えて振り返る。いつもの、シニカルな笑み。
「今日は初心者仕様」
言って、ベッドに這い上がる。
「前2回は、男の本能仕様、かな? あいにく、詳しくないもので」
ナルはさらりと言う。麻衣もベッドにもぐった。
「詳しくないの?」
「あいにく、面倒な欲求だと思っていたもので」
「そうなの?」
「物足りないと思われないようにはする」
「・・・・・・・・・・・・」
麻衣としては『過去』に話を振ったつもりだったのだが・・・・・・。ナルは『未来』の方が気に
なるらしい。
(まあ、ナルに、恋愛歴があるとも思えないんだけど)
それでも、欲求だけで、というのはあるかも知れないなと、そのくらいの覚悟はしているのだが。
「こればかりは、一緒に学習していくしかないな」
「うん、そうだね」
物足りなくなるなんてことは、麻衣にはまだ想像もつかない。痛くなくなる日がくるのかどうかさえ
わからないというのに、それが「いい」と思える日がくるなんてこと・・・・・・。
(やっぱり、逃げてばかりじゃ、変わらないんだろうなあ)
夫婦生活は週に何回、なんて話も聞いたことはある。月に1回とかではすまないのだろう。毎日なんて
話も聞いたことがある。麻衣は布団の中で、うずく下腹部をなでた。
まだ、中が少し痛い。
ナルが急に起き出した。
「どうしたの?」
「冷房切り忘れてた」
スイッチを切って戻ってくると、ナルはスタンドの明かりを消した。
「おやすみ」
そう言って、額にキスをしてくれた。