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BLACK BLACK(2000.4.20)

「こんにちはーっ」
 夕方、麻衣は制服姿のまま渋谷のSPR事務所に出勤した。今日は、ナルがソファで本を読みながら番を していた。
「リンさんは? 資料室?」
「ああ」
 ナルは本を閉じると、ソファを立ち上がる。留守番役は、麻衣がいる時は麻衣の仕事だ。
「お茶持っていくね」
「ああ」
 麻衣は鞄を置き、タイムカードを入れる。
 出勤後一番の仕事は、お茶入れだ。
(今日はちょっと機嫌悪そうだなあ、また、なんか勘違いしたお客でも来たのかな。2番目のおとっとき の葉っぱ使うかー)
 気を遣ったところで、お茶の葉の区別がついているのかは、はなはだ疑問である。コメントをいただいた ことは一度もない。
 所長室にお茶を運ぶと、ナルは書棚から地図を選んでいた。
「はい。コピー機修理来たの?」
「ああ」
 背中を向けたまま、ありがとうの一言もない。いつものことだ。
 おとなしく立ち去ろうとして、ふと、麻衣はナルのシャツに目をひかれる。
 いつもの、黒いシャツ。
「失礼しましたー」
 自分のデスクに戻って、麻衣は眉根を寄せる。
(昨日は、あれ)
 昨日のシャツ、今日のシャツ。おとといは・・・・・・?
 ナルは、だいたい黒服だ。その種類もそう多くはない。麻衣は見かける服の形を思い浮かべてみる。
(うん、わかるな)
 白い紙を一枚、デスクに出す。麻衣は、おもむろにナルの服のイラストを書き込んでいった。

 半月後・・・・・・。
 麻衣は、デスクの上の紙とにらめっこをしていた。
(ナル・・・・・・あんたってヤツは〜〜〜〜)
 麻衣は、ついに机に突っ伏した。
「おーっす。麻衣〜、アイスコーヒーおくれ〜」
 そこに、のんきに滝川がやって来た。
「おや? どしたい、麻衣ちゃん。お疲れ?」
「ぼ〜〜お〜〜さ〜〜ん〜〜〜」
 机に張り付いたまま見上げる麻衣に、滝川は長身を折る。
「はいな」
 見れば、机の上にはカレンダーが載っていた。
「うん? これ、麻衣の手製か?」
「そう。・・・・・・あのね、あたし、今日はまだナルに会ってないの」
「はあ」
「けど、夕方来るってリンさん言ってたから、そろそろ来ると思うんだ」
「ふむふむ」
「そこで、あたしは予言するっ!」
「はあ?」
「今日のナルの服は、これだ〜〜〜っっ!!」
 勢いよく立ち上がって、麻衣が示したもの。
 手製の妙なカレンダーの上部。数字を書き込んだ服のデザインが、8つ。そのうちの、3番目。
「あたしは、気づいたのよ、この法則に!」
 そう叫ぶなり、麻衣は乾いた笑い声を上げながら給湯室へと消えていく。滝川は、唖然として麻衣を 見送り、そして、謎のカレンダーを手に取った。
 カレンダーには、数字が書き込まれていた。各日に一つずつ。それが、『休』の文字の場合もある。
(5・6・7・休・1・2・3・4・休・6・7・8・休・2・・・・・・)
 数字は1から8まで。間に『休』が入ってとぎれることもあるが、そこにくるはずの数字は予測できる。
 そして、上部には服のイラスト。
(まさか・・・・・・?)
「ぼーさん、立ってないで座ったらー?」
 麻衣が、アイスコーヒーをお盆にのせて戻ってきた。
「麻衣、これはもしや・・・・・・」
「うふふふふん。そう、あたし、気づいちゃったのよ、それ。あたしかナルが休んだ日は『休』って 書いてるんだけど、あのね〜」
 アイスコーヒーをテーブルにおいたところに、ドアが鳴った。
 入って来たのは、ナルだった。
「ぶっ」
 見るなり、滝川は吹きだして口をふさぐ。
「なんです?」
 眉をひそめてナルが滝川を睨む。麻衣ちゃん大正解。この事実を目の当たりにしたところで睨まれて も・・・・・・。
 滝川は、ナルに背を向けたまま必死に笑いをこらえている。怪訝そうにその背中を眺め、無視すること に決めたのか、ナルは所長室に足を向ける。
「麻衣、お茶」

「どう? 当たったでしょ?」
 えっへんといばる麻衣に、滝川は音をたてずに拍手した。
「服のパターンがあまりないのは知ってたが、こんな法則があったとはな〜」
「ねえ。前にもこの服の次の日にこっち着てたなってのに気づいてね、で、記録してみたわけよ、麻衣さん は」
「はあ〜〜〜〜」
 ナルの服。
 1から8まで、順番通り。
 衣替えするまで、それは続く。そして、してさえも、それは服が替わるだけで、順番は守られるのだろ う・・・・・・。
「偶然、じゃないよな」
「違うと思うよ」
「つまり・・・・・・・・・・・・」
「服には、こだわってないと思う。おしゃれ全然関心ないし」
「つまり・・・・・・選ぶのが、面倒で・・・・・・」
「そうそう」
「順番に、着てるってか!?」
「それだ!」
 そろって、爆笑。
 ここまで、面倒くさがり屋だったとは!
「うまい手を思いついたもんだな〜。気づかなかったぜ」
「駄目よお、ぼーさん。ナルの名誉のためにも、黙ってなきゃ」
「当たり前だ。しゃべったら後が怖いぜ」
 笑い過ぎて涙を浮かべながら、二人は更に笑う。滝川は、笑いながら、あとでリンに教えてやろうと 考えていた。
(気づいてるのか、いないのか。気づいてなかったら、嘆くかな?)
 ガチャっと、所長室のドアが開いた。
「麻衣、うるさい」
「はあい、所長様! 失礼しました!」
 ドアが閉まると、二人は我慢できずに更に笑った。口をふさぎながら。

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