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ぼーりんぐコミュニケーションその2(2000.3.9)

 パソコンに向かって何やら作業中のリンと、後ろでぼんやりとそ れを見物している滝川。何を思ったか、滝川はイスに正座している。  ベースに、二人きりだった。
「・・・・・・リンさんや」
 返事はない。キーボードを叩く音が続いている。けれど、聞いて はいるようだ。
「電車とかエレベーターとか混んでると、人の『つむじ』つつきた くならないか?」
 ぴたりと、単調なリズムがとぎれた。
「なんです?」
「だから、つむじ」
「なぜ『つむじ』なんですか?」
「身長。高いから」
「だからなぜ『つむじ』なんです?」
「よく見えるだろう、人のが」
「つついたことがあるんですか?」
「・・・・・・そんな覚えがある気もするな」
「見ず知らずの人を?」
「ヤローのダチだけどな」
「そうですか」
 一度も振り返らず、リンは再びキーボードを叩き始めた。
「経験ないなら想像してみてくれよ、1階でエレベーターに乗って 一番奥に立ったら大勢さん入ってきて、行き先がほとんどみんな最 上階辺りでよ。
 エレベーターの上昇音とわずかな話し声の中、ほと んどの人間がエレベーターの階数表示を見上げている。
 これが運動部の五分刈り連中だったりしてみろよ、わかるか?  この恐ろしい目前の光景が。
 奥にいる俺からはみんなのつむじがぐるぐるぐるぐ ると巻いてるのが拝めちまうわけだよ。とっさに右回り左回り右より 左より前より後ろよりって統計とっちまったりしてさ。恐ろしいん だわこの条件反射が。
 ハゲさんなんかいると逆に嬉しくなっちまう んだ。強迫観念から開放された気分になってさあ」

 リズムは一時崩れ、それはしぶとく継続される。
「しかも目の前にそれがあった日にゃ、そのつむじの中心をつつき たくてつつきたくてたまんなくなるんだよ。渦巻きの中心だぜ?
 太陽系だって銀河系だって渦巻いてんだぜ?
 真理の中心が目の前 にあってちょっと勇気を振り絞ればそれを手に入れることができる ような錯覚に陥るんだ。
 こんなん、俺だけなのかなあと。少年もジョンも、ナルもつむじ 見渡せるほど高くはねえだろう。おまえさんなら、高いなあと。思 ったことねえか?」
「ありません」
「そっか。ああ、俺ってヘンタイさんだったのかなああ〜」
 嘆く声には構わず、リンは指を動かすリズムを取り戻していく。
「でな、リンさんや」
 呼びかけには応えず、作業を継続させる。
「今、俺の目の前におまえさんのつむじがあるんだが・・・・」
 ぴたり、と指が止まった。
「・・・・つつかないで下さい」
「ああ・・・・。やめとくよ・・・・」
「そうしてください」
 リンは、再び指を動かし始めた。

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