阿川家の事件から半月。調査報告に関して麻衣ができる仕事はおおむね片づき、秋の気配を日射しに
感じながらのんびりとお茶を飲む、なーんてこともできるようになった。
それを見計らったかのように、いつものメンバーがふらふらと事務所に現れる。麻衣としては、大歓迎だ。
「ぼーさんはアイスコーヒーね、綾子はダージリン? 真砂子は日本茶ね、ジョンは?
コーヒーね、了解〜」
次々と現れた彼らに、安原と二人で手分けして飲み物を用意する。ちょうどお茶の時間だったので、
ついでに所長室のナルと資料室のリンにもお茶を運び、麻衣が霊能者らが来たことを伝えると、
リンはただうなずき、ナルはため息を落とした。
「向こうで飲む?」
「忙しいんだ」
だからこそ、少し息抜きすればいいのにと思って誘ったのだが。
「失礼しました」
麻衣はすごすごと所長室を出る。
「二人とも、忙しいのか?」
「うん」
言って、麻衣も応接セットのソファにおさまる。安原が麻衣の前にもコーヒーを置いてくれた。
「ありがと、安原さん」
安原はにっこり笑って自分も座り、話に入った。
「何か、こないだの調査の記録の中に珍しいものがあったみたいですよ。僕なんかはただの事務ですから、
詳しいことは訊いていませんが」
「あたしも何がなんだか。なんたら数値がどうこうでー、とか言われても、一介の調査員にはわかりませ
んー」
「何言ってんのよー。調査員って言ったら、リンと同じじゃない」
「リンさんは正調査員。あーたーしーは、嘱託調査員、ただのバイト。しょーがないじゃないかあ、
わかりたくたってわかんないもんはわかんないよ! 教えてくれないんだもん。ああ、まどかさんに
もっと鍛えてもらうんだったわ」
「鍛えてもらってわかるようになる頭でしたの?」
「真〜砂〜子〜?」
「あら、違いましたかしら?」
「う・・・・・・」
「安心しろ、ナルもその辺は期待してなかろ」
「ひっどーい、ぼーさん」
「いえ、それは、研究は渋谷さんとリンさんの専門なわけですさかい。谷山さんは調査にはかかせん
お人でしょう」
「そうですよ。渋谷さんは理論の人で、リンさんは記録の解析とかの人、2人とも研究屋さんなんですから。
谷山さんの姿こそ、本来の調査員なんだと思いますけど」
「そうかな? そうよね、まどかさんに引き抜かれちゃったけど、好きなことはやるってことかな」
「そうそう。だから、麻衣ちゃんは今は俺らとお茶飲むのがお仕事なのよん」
「わーい」
それで、心おきなく馬鹿話もありのたわいない話になだれ込む。
話題が切れたところで、麻衣は長らく疑問だったことを尋ねて見ることにした。
「ねえ、双子って、先に生まれた方が『兄』『姉』なんだよね?」
ナルは双子の弟になる。ジーンを兄だという。けれど、双子にそんな序列があるのが麻衣には
不思議だった。
「国によって考え方は違うらしいが、日本の場合は逆だな。先に生まれた方が弟・妹だ」
「そうなのー!?」
「そうなんですか?」
オーストラリアは違うのか、ジョンも驚いた様子を見せる。しかし、他のみんなは知っていたらしい。
「そうですわ。日本では、お腹の中で上にいる方が兄・姉だということになってますわね。一応」
「まあ、最終的には親の判断でいいんだけど、そういう考え方が主流だわね。別にいいのよ、先に産まれた
方を兄にして届けたって」
「先にこの世に産まれいでた方が兄、でもいいし、十ヶ月間腹の中にいた間の上下関係でもいいわけだ。
まあ、俺の知ってる双子の姉妹は腹の中順だったな」
「へええ、そっか、考え方二通りあるんだ」
「二卵性ならどっちが先に受精したかって話かもしれんが、わからんしな、どっちみち。一卵性
なんつったら、受精も同時だろ? 順番なんてあってなきがごとしだな」
「それでも、戸籍上は順番をつけなくてはいけないんですわね」
「じゃあ、渋谷さんは、あちら生まれだからお腹で上だった方ですかね。日本なら兄だった?」
「だったら、またひと味違った性格になってたかも?」
「さてなあ。あれが、弟です〜って性格か?」
「そんな控えめなしおらしいとこなんかないわね。それとも、あれに輪をかけてってこと? あれ以上
どうなるってのよ」
彼らは、調子にのって声のボリュームが上がってきているのに誰も気づかないでいた。
しかし、部屋に籠もっている人間には、話の内容は聞き取れないけれど、雑音が入ってくる
という状態になる。ナルは、所長室の扉を開けた。
「もう少し静かにするか、場所をかえてもらえませんか?」
きつい声で言ってやると、一様にぼそぼそとわびを言いながら静かになる。ナルは、目的を達成して
そのまま戻ろうとした。
「なあ、ナル坊」
滝川に声を掛けられて、踏みとどまる。
「おまえとユージーンと、産まれたのはどっちが先だったんだ?」
いったい、なんの話をしていたのだか。ナルは眉をひそめ、それでも回答を拒絶するようなものでも
なかったので答えた。
「産まれたのは、僕が先だ」
あちらで産まれたからにはあちら式に兄弟を決めてくれれば良かったのに、とまでは言わない。
驚いているらしい霊能者たちを無視して今度は中に戻り、所長室の扉を閉める。
もしも、自分が『兄』だったなら・・・・・・。
そのことを理由に、ジーンをおさえつけることができたのだ。うっとうしくあれこれ言われず
に過ごすことが・・・・・・。
本当に?
(あのジーンが?)
ナルは薄く笑う。
産まれたのはナルが先で、戸籍上はジーンが兄で。
世間的には戸籍が優先されるものの、彼らの間に序列は無かった。
ジーンが兄を主張するのは、ナルを叱ったり心配したりする時だけだった。
それはそれで、バランスがとれていたのかもしれない。
今となっては、関係ないことだけれど。
ナルは、外野が静かになったのを確認して、再び資料の山の中に戻っていった。