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紅茶(2000.12.5)

 天井に散った血しぶき。
 垂れ落ちる途中で固まった、ごく短い赤いつらら。
 背中で潰した生っぽい固形物。ずるりと腕がなでた血だまりと、ベッドのタイルの冷たさ。
 体に食い込む紐の感触。髪をつかむ指の力。振り上げられた刃物の軌跡。
(カットしろ! 早く!)
 衝撃と、真っ赤な壁・・・・・・そして、桶の中に落ちていく、自分・・・・・・。

 ビクンッと身を震わせて、ナルが目を開けた。
「ナル。・・・・・・大丈夫ですか?」
 リンの手元で、食器が鳴った。
 ナルが瞬き、そちらに視線を寄越す。ゆっくりと、もたれていたベッドから身を起こした。そうし て、触れていたサイドテーブルのスタンドから手を浮かす。
「何か・・・・・・?」
 床に座り込んだまま、ナルは首をなでる。深く、肩で息をした。
「見たのですか?」
「・・・・・・ああ」
 ため息を落とし、スタンドを奥に押しやりながら、リンはお盆をサイドテーブルに載せる。
 ナルは紅茶の香りに気づいて顔を上げた。
 リンに引き起こされてベッドに腰掛け、渡されたカップを受け取る。ナルは、紅茶の香りと喉を 落ちてゆく熱で、ようやく自分の体を取り戻す。ほっと息をついた。
「大丈夫ですか?」
「ああ・・・・・・」
 リンにカップを返して、ナルは枕に頭をつける。体のショックが、まだ残っていた。
 落ち着くのを待つ姿勢で、向かいのベッドでリンも自分の紅茶を口に含む。
「きゃあーーーーっっっ!! ああああーーーーーーーーっっ」
 リンが腰を浮かし、ナルも頭を起こした。
 若い女性の悲鳴。ごく近い。麻衣たちの部屋から・・・・・・。
「見て来ます」
 リンが部屋を飛び出して行く。
 途切れぬ悲鳴が聞こえていた。

 空になったカップを手に、ナルはリンと共に部屋に戻る。
「ナル・・・・・・」
「・・・・・・空白だ。あの中にある」
「ただの夢。では、ないのですね?」
「僕も同じものを見た」
 ナルは、お盆に食器を戻す。
 茶滓が、カップの底に薄い輪を描いていた。

 はい。「悪霊になりたくない」で、ナルちゃんが麻衣に紅茶を手渡す 場面。さて、ナルはどっから紅茶を持ってきたのだろう? と、ゆーことで、考えたお話です。
 紅茶一つのために危険溢れる邸内をうろつくナルというのは想像できない。各部屋にポットが用意 されていた可能性はないとは言えないけれど、ばかでかい食堂(?)でみんなで茶〜飲んでるし。
 そんなわけで『ナルのためにリンさんが食堂から運んできたものをたらいまわしにした』という 結論に達しました。
『麻衣のためにナルが入れた紅茶』であってくれると嬉しかったのだが〜。ちょっとその展開は想像 できなかったのだわ〜。悲鳴を聞いてからのんびり紅茶を入れるか? ねーべ、そりゃ。そんなわけ で、こーゆー話を書いてみたのでありました〜。
 せめてこんくらいは〜と、ナルに一口、先に飲んでいただきましたわ♪
 ああ、この短さがとても嬉しい(T T)

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