名取が初めてその子に会ったのは、一年前のことだった。
楽屋を出てスタジオに向かう途中、テレビ局のエレベーターの前に、その子はいた。
肩の上ですっぱりと髪を切り揃え、和服に身を包んだ、少女。
その子の脇で、中年の女性が何やらグチグチと言っている。
しかし、日本人形のような姿形に無表情な美貌を持つ少女は、そちらにはまるで注意を払っていなかった。
真正面から、名取を見ていたのだ。
角を曲がっていきなりのことで、驚いて名取は目を疑った。足音はしていただろう。だから、誰かが来ることは確かに分かっていただろう。
けれど、普通、誰かもわからない人間がやってくるのを、真正面から迎えるものだろうか?
名取は、疑問を浮かべつつも、瞬時に笑顔に切り替え「おはようございます」と挨拶した。
「あら」と反応したのは、愚痴っていた中年女性の方だった。少女は、じっと、名取の顔を見、次に、その懐に視線を向けた。
中年女性が挨拶を返し、名取に少女を紹介し始めるものの、ちょうどエレベーターが到着し、少女は向きを変えるとあっさり箱に乗り込んで行った。
「ちょっと真砂子ちゃん! ああ、申し訳ありません、名取さん。また機会がありましたらお話させてください」
中年女性は慌てて名刺を名取に押し付けると箱に駆け込む。すぐに扉が閉まった。中で少女が操作したのだろう。
「主さま・・・・・・」
するりと、名取の懐から、笹後が現れた。
「あの娘は、我々の気配に気づいたようですよ?」
「そうみたいだねえ。本物って噂は本当なんだな」
更に、瓜姫が出て来た。
「本物、とは?」
「今のは、子供の頃からテレビに出ている有名な霊能者だよ。名前は、原真砂子。霊媒だ。美人だったろう? 年は十五、六じゃないかな。人を真正面からみつめておいて挨拶もないあの度胸は、ベテランの自信かね。多分、怪しい奴だと思ったんだろうな」
名取は、廊下を進んでスタジオを目指す。
「おまえたち、懐に戻れ。見える奴は彼女だけとは限らない」
笹後と瓜姫は、言われた通り姿を消す。
「実物は初めて見たが、思ったより小さい子だったね。頭も小さいし美人だし、美少女霊媒師の名は本物だね。あと何年持つやらわからないが、ね」
十代半ばを過ぎれば『美少女』の肩書はすぐに終わる。そこで『美女』に代わることができればこのまま芸能界で生きられるが、あの子はどうだろう?
素材は抜群だが、愛想もない。霊媒師としての実力もあれば、更に実力相応のプライドもありそうだ。
まあ、芸能界に未練があるのは、くっついていたオバサンの方で、本人にはないのかも知れないが。
名取が芸能界に入って、まだ、一年目。大学との掛け持ちとは言え、元々家業と妖祓いで生きていくつもりだったので就職活動も関係ない。四年生ともなれば、就職活動がなければ掛け持ちは十分可能だった。
事務所の社長に熱心にスカウトされ、その押しで早くも夜9の仕事に参加している。主役は無理だが、ほぼ毎回出番のあるメインの役だった。
ドラマはまだ始まったばかり。そんな名取を知っているさっきの中年女性は、やはり芸能界へのアンテナの張り方が強い方なのだろう。端役で出ていた頃から知っているのかも知れない。
名取は、名刺をポケットにしまった。いつか、役に立つことがあるかも知れない。
そう、思いながら。