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妖と幽霊

「と、言うわけで、お坊さんです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 名取にその男を紹介したのは、家業が巫女で本業は立花組音声担当の片桐だった。
 しかし、いきなり連れて来てそれでは、ついてきた方も紹介された方も何が何やらわからない。
 片桐の脇で、ついてきた男が困った様子で茶髪の頭を掻いている。
 背は名取と同じくらいだろう、年は二十代半ばくらいか。
 立花の新作映画で、役者もやる有名歌手が主題歌を歌いつつ脇役で参加することになり、そのバックバンドにも参加してもらうからと前回紹介された。たしか、ベーシストだったと思うが、名前までは覚えていない。
「霊感娘」
「片桐です」
「巫女さん」
「片桐です」
「巫女に坊主に神主って、宗教戦争な映画じゃないはずですよね?」
「神主と巫女は敵対してませんけども?」
「あの〜、別に、神道と仏教も敵対してるわけじゃないはずなんですけどもー」
 名取と片桐が不穏な空気をかもしつつ淡々とやり取りするのに、坊主が笑いながら仲介に入った。
「どうも、ベーシストの滝川です。副業が坊主で。今回は、名取さんの役が勤めるホストクラブのホスト仲間役で参加させていただきます。バックでテレビに映ることはあるけど、映画は初めてです。台詞もありませんけど、どうぞよろしくお願いします」
 ぺこりと、きちんと挨拶するのに、名取は片桐で遊ぶのをやめて滝川に体を向けた。
「名取です。家業は神職で。私もまだまだ若輩者です。滝川さんの方がお年も上のようですし、どうぞ気軽におつきあいいただけるとありがたいです。よろしくお願いします」
 キラキラと芸能人オーラを飛ばしつつにこやかに言って見せる。
 脇で片桐が「私も年上なんですけどね」と言っていたが、軽く無視する。
 滝川は、きょとんとして、次にはにぱっと笑みを見せた。
 この人は大人だな、と、名取はその笑顔を見て思う。
「それで、片桐さん。さっきのご紹介はどういう意味なんです?」
 名取は、長身二人に挟まれても動じることなく睨みあげている小柄な片桐を見下ろし、尋ねた。
「ボスが、監督の立花がですね、滝川さんの噂を聞きつけて名取さんに紹介しておけと言い出したんですよ。それでわざわざテレビ局のスタジオにいらしていただいたんです。滝川さんはお祓いができるんだそうです」
「へえ」
「まあ、坊主なんで。ちなみに高野山で修行しました。で、俺には、なんでそれで名取さんに紹介されるのかがわからんのだが?」
「そうですよねえ」
 名取は、片桐を見る。プライバシーはないのか? と。片桐は、目線で「ない」と言っている。
「名取さんもお祓いができる人なんです」
「まあ、神主なんで」
「ていうか、副業的には妖怪関係の呪術師なんだそうです」
「妖祓い人で言うんですよ? 霊感娘」
「私は霊感があるわけじゃないんですけど?」
「なんか見えたりオーラ見えたりヒーリングできたりしちゃうんでしょう?」
「それだけです」
「えーと」
 また遊び出した二人を、滝川が止める。
「ようするにボスは、滝川さんにもこの映画のオカルト指導員になっていただきたいと思って、現在指導員である名取さんに紹介するよう私に指示してきたということです」
「はあ、そう、です、か」
「・・・・・・オカルト指導員って・・・・・・」
 名取は、がっくりと首を落とした。
 冬季の探偵ドラマが好調で、夏にパート2をやることになった。
 映画の方はまだ配役が決まりきっていないらしいが、立花は大忙しとのことで、今日も姿を現していない。
 年始の妖怪退治で痛い目を見たせいか、実際の現場を目の当たりにしたせいか、あれ以降現場に連れて行けと言われることはないが、時々助言を求めてくる。しかし、名取は妖祓い人であるのに、立花の狙いは幽霊や呪いだった。全く重ならないわけではないが、少しずれている。
「名取さんは、霊関係は?」
 がっくりと落ち込む名取に、滝川が身をかがめて尋ねてくる。どうやら、オカルト扱いくらいではいちいち気にもしないらしい。
「なんとなく見えるものもありますが、私は妖怪にチャンネルが合っているので、あまり。御霊は別ですがね」
「まあ、御霊ともなれば神様だから、本職? お姿見ていいもんなの?」
「わざわざ見には行きませんが、見えるところにいれば見ちゃいますよ」
「はは。なるほどね、大物は霊でも見えんだろうね」
「滝川さんは?」
「俺はまあ、昔は見えたけど。頭打ってチャンネルずれちまってねえ。ほとんどの奴に見えるような奴なら見えるがね。まあ、多少気配はわかるし、見えなくても祓えるもんよ」
「立花は見え方と映り方が気になるようです。呪いとか祟りとか生霊とかも。で、うっかり映っちゃってお蔵入りになった画像なんかも収集して観ているんですけど、ね。時々、すごいの映ってます。でも満足はしていません。プロお二人でなんとかしてください」
「そうはいってもねえー。ヤバイ物件にはお近づきになりたくないしー。そだねえ、知り合い紹介してもいいけど? ただ、あっちがいいって言ったらの話だけども」
「どの辺のお知り合いで?」
「見えるのと映るのと。どっちも経験豊富だから、役には立つと思うよー。ただ、受けてくれるかはなんとも。片方はそのお蔵入り画像提供で釣れるかもしんないし」
「お願いします」
「んじゃー、とりあえず可能性の高い方にきいてみる」
 と、滝川はスマホを出す。
「それはどっち?」
「見える方」
 セットができている探偵事務所シーンのリハーサルを何パターンか済ませ、休憩に入ると、休憩スペースに滝川が一人の少女を連れて来た。
 その場が、小さくどよめく。
「見える方、の専門家でっすー。学校から直行で来てくれたんでいつもと雰囲気違うけど、ご存じ、原真砂子さんでっす」
 滝川が連れて来たのは、お茶の間で有名な美少女霊媒師だった。テレビではいつも和服で、一年ほど前に名取が会った時もそうだった。
 しかし、今日は制服姿だった。
 小さな顔、肩先で切りそろえた髪、幅の狭い肩。
 霊媒師という特殊な仕事とはいえ、幼少時から芸能界で生きていけてるだけあって、美少女っぷりも半端ない。中学生か高校生役でドラマにでも出る予定のアイドルかと思うほどだ。
 実際、ちょっと端役で出てみない? とサブプロデューサーが聞いている。あっさりと真砂子は断った。
「着物じゃねえ真砂子は俺も久しぶりだなー。去年の夏以来?」
「和服の方が慣れているので楽なんですの。制服ばかりは仕方ありません。それより、目的はなんですの? 滝川さんが俳優デビューするってみなさんに言う時の証人になってくれなんてそんな滅茶苦茶な理由は信じてませんわよ?」
「あらひどい」
 でも来てくれたのね、と、滝川はおどけている。
「ところがホントなんだなあこれが。ホレ、かの有名な立花プロデューサー率いる立花組のみなさんと、出演俳優の方々。俺が映画に出るってホントですよね? ね?」
 うんうんと、皆頷いて見せる。名取も。真砂子は、しらじらとそれらを眺めた。
「とりあえず信じてもよろしゅうございますわ。でも、本当の目的が別にあるのは確かでしょう?」
「はい。それは認めます、はい」
 ちょうど場面が変わるところだったので、ボス探偵役の境と名取の他は、立花組の面々だけだった。前の場面での他の俳優は帰ってしまったし、次は二人だけなのだ。なので、名取のことを隠す必要は全くないメンバーだった。
 滝川が手短に次の映画と立花の要望を伝える。真砂子は、ため息を一つ落とした。
「わたくしがお役に立てますかしら? わたくしの見え方だけお伝えすればいいのでしたら構いませんけれど、それも様々です。たとえば、その、名取さんには三つの強い存在がついています」
 真砂子は突然、名取に視線を寄越す。
「去年でしたか、テレビ局で行き会ったことがありましたが、その時は二つでした。良いものでもないですが、名取さんへの害意はありません。それはわかりますが、今は姿は見えません」
 名取は、薄く笑む。皆に注目されているのは承知の上だ。なるほど、本物だな、と、楽しくなった。
「原さんの言うとおり、去年まで私の式は二つでした。今は三つです。普段は姿を隠しているので、私にも見えません。そうですねぇ、・・・・・・笹後、出てきてごらん」
 目隠しをした女性が、ぱっと現れた。真砂子が、目を見張る。滝川も、その場所に視線を寄越した。霊感娘片桐も。
 笹後は、主の意図を察してふらふらと室内を泳ぐように移動する。三人は、それらを視線で追ったが、他の人々はきょろきょろとするばかりだった。
「うーん、やっぱりわかるのは三人ですか。どう見えます?」
 名取が、片桐に尋ねる。
「大きいぼんやりした白い明るいものが泳いでます。人間サイズですが、小柄ですね、女性かしら? 人間の霊というよりは動物霊に近い気配ですけど、人間っぽい」
「ふうん。滝川さんは?」
「俺にゃあなんも見えねえよ。ただ、何かがいる気配がするだけだ。自己主張が強いんで居場所がはっきりわかるけどな」
「へえ。原さんは?」
「目隠しをした白い着物の女性の姿をしたものが視えます。髪は白くもじゃもじゃしていますが、見た目は若いですわ。姿は若い女性ですが、霊ではありませんね。そちらの方が言うように、動物霊にも似ています。けれど、もっと意識は強いです。・・・・・・霊よりも八百の神に近い。妖怪、ですわね」
「はあ。霊も妖怪も視えるんですね。これはすごい」
 名取は、にこりと微笑みつつ、きらめきを飛ばしてみせる。真砂子は、まったく反応を示さなかった。
「あ、ごめん、美形見慣れてっからさ、真砂子ちゃんは」
 たきがわがフォローに入る。名取はいささか傷ついた。
「えー、てことで、見え方については原真砂子指導員でオーケー?」
 滝川の問いに、立花組の面々が親指を立てて見せた。
「じゃああとは、映り方、かあ」
 そう言って、滝川が真砂子を見る。
「そういえば、森さんがいらしてますわよ」
「お、じゃあ、話が早えや」
「けど、森さんは機械オンチですわよ」
「ああ、そうだったっけかなあ・・・・・・。リン、は出てこないか」
「既にある画像をお見せするくらいなら森さんでも、きっと、多分・・・・・・」
 いったい、どんな人物が紹介されるのやら。
 名取が不安に思ううちに、片桐が近いうちに会食でも、と話をまとめた。

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