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妖と幽霊

「本当に、良かったんですか? 俺たちが来ても」
「大丈夫、現場に行くまで話せないけど、未成年は他にもいる予定。昼間だしね。ところで先生、お泊りは無理だけどごちそうだから、約束果たしたことにとりあえずしてくれるかな? 泊まりはいつになるかわからないし」
「おお、ごちそうならな。私が満足できるものならな。しかし、他にも人間がいるんだろう? ごちそうを目の前にして私に招き猫のマネしていろなどど言わんだろうな?」
「最初ちょっととぼけててくれればあとは先生の好きにしてくれていい」
「・・・・・・」
「どうでもいいが、しゃべらんな、お前の妹」
「抱っこされながら文句言うなよ、先生」
 東京、六本木。
 夜であればネオンサインきらめく街に降り立った、三人と一匹。
 帽子に眼鏡で芸能人オーラを落とし、保護者然として立つ名取。成長途上の細い体で堂々とその脇に立つ夏目。そうして、ニャンコ先生をぬいぐるみよろしく前に抱きしめ、ワンピースで仁王立ちしている律。
「はいはい、とりあえず一個目の信号左に入ってすぐ右に、あとはまっすぐ。さあ、行った行った」
 背を押された若者二人は、せかされてなんとか足を進めている感じだ。名取とて、六本木になんぞ早々来ることはないので、気持ちはわかる。山野豊かな土地からのおのぼりさん。東京というだけでも気構えるのに、かの有名な六本木だ。固まるのもわかる。
 しかし、それでニャンコ先生にしがみついてるってわけではなさそうだな。
 律は、ニャンコ先生を前に抱え、ときおり手をつまんで招き猫ポーズをとらせたり、顎をつかんで上を向かせてみつめあったりしている。終始無言で。
 片桐の、また会いたいし話したい、という要望で、律を会食に誘った。片桐の名前のおかげで父親の許しが出た。母親の意見がどうだったかは知らない。
 名取の仕事の都合で待ち合わせは東京駅になったが、名取は律が乗る約束になっていた最後尾の車両前まで迎えに行った。律は、黙然と降りて来た。
「ちゃんと来れたじゃないか」
 にこりと言って迎えてやると「・・・・・・馬鹿?」と思いっきり眉をひそめて言われた。心配した兄を馬鹿とはよくぞ言う。
「あ、名取さん発見。こんにちは」
 別の車両に乗っていた夏目が名取をみつけ、無事に合流したわけだが。
 律は、夏目を思いっきり睨みつけた。高一の同行者がいると言ってあったのだが、敵意むき出しだ。夏目にも妹を連れて行くと言ってあった。夏目は一瞬ビビったようだが、すぐににこりと笑った。
「初めまして、夏目です。お兄さんにはお世話になってます」
 と、律に挨拶をする。けれど、律は上目づかいに睨んだままだ。
「妹の律、だよ。愛想がなくて悪いね」
 とりつくろえば、今度は紹介した名取を睨みつける。女子中学生とはこういうものなのだろうか? 長年会話のなかった兄妹だ、やむをえまいと、名取は階段へと体の向きを変える。
「時間ないから行くよ。夏目、先生は?」
「あ、この中です」
 夏目は、抱えるボストンバッグを叩く。ぶにょんと形を変えるバッグに、律がぎくりと身を引いた。
「あ、ごめん。びっくりしたよね、ちょっと見てみる? 怖いもんじゃないから」
 夏目が歩きながら半分ほどチャックを開けると、にょっと先生が顔を出した。
「空気が悪いぞバッグの中より悪いぞなんだ都会ってのはこれでメシがうまいのか?」
「黙れよ先生」
 早速げんこつを食らう先生に、律の目が釘付けになった。
「む? おお、お前が名取の妹か。おい夏目、女子中学生に会えると浮かれてたがしょせん名取の妹じゃないか、どっからどう見ても人間だろうにつまらんつまらん」
「どうして人間だとつまらないんだよ失礼な奴だなあ。ごめんね口が悪くて」
 声が遠くなって、どうも後をついてこないようだと悟った名取が振り返ると。
 律が、無言のまま夏目のバッグに手をかけ、チャックを開けきり、ニャンコ先生を引っ張り出し、ぎうっっと、抱きしめた。
 そうして、夏目の肩にバッグを残したまま、すたすたと名取の方へ歩いてくる。
 夏目は、その背を見送りながら唖然としていた。
 目的地へ向かう車内で、ニャンコ先生は招き猫に徹し、おとなしく律に抱かれている。夏目は名取に、
「女の子って、変なモン好きですよね」と呟く。
「キモかわいいとか、そういうのかな? 私も自信がなくなるよ」
「名取さんが自信なくすのも気持ち悪いですけど」
「私をなんだと思ってるのかな?」
 しかし、今日のメンバーでは名取に分が悪いのはたしかだ。
 天下の立花組からは、大ボス立花に、長年付き添い今回の映画の件の調査で祟られたにもかかわらずまったく懲りないサブプロデューサーの永井、音声兼調査担当その他雑用係のヒーリングもできる巫女の片桐。
 霊能者組からは、ベーシスト兼高野山の元坊主で余裕の大人な霊能者滝川、名取のきらめきにも全く反応せず滝川と対等に会話する幼いころから芸能界で生き抜いている女子高生霊能者、原真砂子。更にその二人にため息をつかせる機械音痴でありながら幽霊の映像関係に詳しいというまだ見ぬ大物、森。
 名取が率いるのは夏目とニャンコ先生と妹の律。
 はっきり言って、立ち位置が弱い。
 六本木で降りて、中高生の二人が固まってくれたおかげで少し保護者な気分になれたが、いったいこの会食、どうなるんだろうか? と不安になる。
 いかんいかん。
 この会食はうまくいく。映画にプラスに必ず働く。名取とて隠し玉的な夏目とニャンコ先生を連れて行くのだ。映画のプロと、霊のプロと、妖怪のプロが集う。立花の目指すものを明確にさせる会。必ず、うまくいく。
 名取は、気分を切り替え、二人に先を急がせた。
 ビルの三階。外観とはずいぶん異なる雰囲気ある和食の店。
 六人は、先に着いて待っていた。

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