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妖と幽霊

 昼食のコースが人数分予約済みで、アルコール抜きで飲み物を注文すると、自己紹介を経て会食となった。
 初見の業界外の人間がいるからか、立花もおとなしい。
 名取も初めて会う、滝川紹介の「霊的映像のプロ」は、女性だった。
 二十代後半から四十までのどこかであろうと思われる、子供じみたあっけらかんとした笑みを見せる年齢不詳の小柄な女性。滝川は「森女史」と呼び、真砂子は「まどかさん」と呼ぶ。職業は『ゴーストハンター』だという。
 並びは、奥から立花、永井、名取、夏目。その向かいに森、滝川、真砂子、律、そして片桐が座った。
 始めのうちは店や食事の感想を言いあっていたが、大人はプロばかりである。三品目を置いて仲居が去った後、雰囲気が切り替わった。
「ゴーストハンター、というのは、ゴーストバスターズとは違うわけですよね?」
 名取の質問に、まどかは大受けできゃらきゃらと笑い倒した。中高生保護者役としては、二人の視線が痛い。
「ええ、映画の『ゴーストバスターズ』とはちょっと違います。そもそも主役の三人組はゴーストハンターだったんですよね。それを職業として成り立たせようとした結果、ゴーストバスターズになったわけです。私はあくまで研究者。幽霊を狩り出して分析し、研究材料とする。まあ、ついでに退治するところまでおつきあいすることもありますけどね」
 そう言って、森はうまそうに煮物を口にする。食して、とても幸せそうだ。
 ニャンコ先生は今のところ、律の膝の上で招き猫をしている。ニャンコ先生専用の食事はないが、まだ前菜と煮物で野菜中心なせいか、おとなしくしている。最初から置かれていた刺身をずっと睨みながら招き猫になっているが。
「森さんが、退治するんですか?」
 サブプロデューサーの永井が尋ねる。
「いいえ。そういった能力のある人はやはり稀で。私は主に研究材料集め担当です。実際、必ず退治しなきゃいけないものでもないわけで、長年調査を続けている対象もあります。出現場所の所有者の希望があれば、調査データをとらせていただいたお礼に除霊なり浄霊なりをするというわけです」
「除霊と、浄霊?」
「ええ。滝川さんは除霊ができます。真砂子ちゃんは浄霊ができます。そのあたりはお二人に訊いていただいた方が?」
 にっこりと、森が二人に視線を流す。永井が、二人に視線を送る。
「まあ、俺らはいつでも」
 滝川が、前菜と煮物を食べ尽くして言う。
「それより、森女史。問題の映像ってのは出せるわけ?」
「はあい、ちゃんとノートパソコン持参ですっ」
 森は全開笑顔で、張り切ってバッグからパソコンを引っ張り出し、ぷちっと電源を入れる。バッテリーに起動をまかせつつ、電源ケーブルを更に出し、それらをつないだ。
「もしかしてとってもお待ちかねかしら? あ、でも、門外不出品を特別許可貰ってるものもあるんで、お約束どおり業界のお蔵入り画像データをお願いしますよ?」
 片桐が動き「こちらです」と、森へ何も記載のないDVDを三枚渡す。
「ホラー映画撮ってて映ったものとか、ドキュメンタリーやバラエティで現場で撮ったものに『本物』としか思えないもんが映って、お蔵入りになったものを集めた。こちらとしても流出御免で蒐集したもんだが、幸い、研究機関に託す場合は可、という約束で貰っていたんでね。研究機関ということでいいんだろう?」
 ようやく、立花が口を開いた。森は、立花と視線を合わせ、はい、と答える。
「こちらも一部はDVDに。閲覧しか許可されなかったものはこれからおみせしますが、外部へは閲覧したことも内密にお願いします」
 そう言って、森は起動した画面を操作する。脇から、滝川がのぞきこんでいる。
「・・・・・・大丈夫ですの?」
 真砂子が滝川に尋ねる。
「今のところ、大丈夫そうだな」
「なーんのことかしら? 言っておきますけど、今時のパソコンは壊してないわよ、そりゃ多少はソフトがどうかなっちゃったりとかはするけど、本体は」
 そういえば破壊魔だという話だったか、と、名取は自身も電子機器破壊魔なので、温かく見守る。もっとも、みはしら様の騒動の後から、何故かその破壊パワーは随分と落ち着いた。相変わらず携帯やスマホは不要不急の際専用だが、一般的電子機器は結構大丈夫になったのだ。妖祓い人としての能力に支障は出ていないので、どのあたりに影響があったのかはわからないが、現代人としては大変ありがたい。
「で、名取。中高生を連れて来た意味はなんなんだ?」
 起動を待つ間に、立花が尋ねる。そこに、四品目を仲居が持ってきたので、会話は一時中断される。森が仲居に「電源お借りしてまーす」と声をかけ、了解を得た以外は皆沈黙した。
 仲居が立ち去ると、名取が口を開いた。
「こちらの高校生、夏目は、私と同じで妖が視えるんです。私より強いですね。こっちは異母妹ですが、片桐さんのお勧めで連れて来ました」
「えーと、律ちゃんは、やっぱり視えてると思うんで、視える人たちに会わせてあげたくて。ごめんなさい、ちょっと私情です」
 片桐が、ボスに睨まれつつ事情を説明する。
 届いた三品目は、海鮮から揚げだった。名取は、ニャンコ先生がうずうずしている気配を察知する。
「まあ、私としては、監督に是非妖怪の世界も体験していただきたいと。ご希望の幽霊関係ではないですが、確かに不思議なものは存在するんだというのをお見せしたくて。ついでに、律にね。・・・・・・先生、私の分あげるよ、約束のおいしいもの。気にせずどうぞ」
 夏目が、え? という顔をする。律は、きらりと目を光らせ、名取が差し出した海鮮から揚げの皿を受け取った。そうして、ニャンコ先生招き猫を膝に乗せたまま、その前に皿を差し出した。
 ニャンコ先生は、招きとして挙げていた手を皿に乗せる。
「これじゃ見世物だな、名取。まあ、うまいもんが食えるし、いちいち騒ぐわけでもなさそうだから構わんが」
 そう言って、イカゲソをつつく。妖怪組三人以外が、一気にのけぞった。
「これくらいの温度ならいけるな。本当に食っていいんだな?」
 律が、そっと皿を片手に持ち替え、空いた片手で自分の刺身を引き寄せる。
「おお、おまえは刺身か。うむ、いい心がけだな。夏目、文句はないよな。では、いっただっきまーすっ!」
 ばくりと、イカげそがニャンコ先生に食いつかれた。
「えっと、猫って、イカ、駄目なんじゃ?」
 滝川が唖然と突っ込む。
「いえ、このニャンコ先生の好物はイカ焼きで。お祭りの出店とかじゃ必ず買わされるんですけど、全然大丈夫です。単に招き猫に封じられたことがあるからこの姿なだけなんです」
 隣りで、原がじーっと、ニャンコ先生の食事風景を眺めている。
「む? なんだ? そこの小娘」
 ニャンコ先生に睨まれ、原がほくそ笑む。
「わたくしのイカも差し上げますわ。あの、触ってもよろしくて?」
「おお、私の魅力にはまったか? 何やら今日はモテモテだな。おお、うまいもんをくれるならいくらでも触るがいい、ただし撫でるだけだぞ、ぎゅーはダメだ、もう、こいつ一人で今日は限界だからな」
 原は、ニコニコと自分の皿からイカげそをつまみつつ。ニャンコ先生の頭を撫でる。
「これは、手触り、たまりませんわっ」
「ちょっと真砂子ちゃんっ! あたしも触りたいんだけど! てか、カメラ〜〜!!」 「落ち着け森女史! あれは妖怪であって幽霊じゃないから撮っても資料にならないぞっ!?」
「すみません、撮影禁止でお願いします」
 興奮する森に滝川と名取が釘を刺す。立花と永井は、手品か何かとまだ疑っているようだったが、そのうちニャンコ先生が律の膝を抜け出し自由行動を始めてからは、自ら触ってみたり食事を分けてやったりしていた。すっかりアイドルとなり、ご満悦のニャンコ先生であった。

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