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妖と幽霊

 立花は、森の出す映像を観ながら質問を投げる。森も、専門的な会話をこなしていた。時に専門性の違いから意図が通じない時には滝川は片桐が解説をし、名取もたまに口を出す。
「次のヤツでは、自分に特殊能力があると信じている占い師が、自分が女を呪い殺したと喧伝するんだ」
 崖から転落死した女性は、名取の役の婚約者。大手のエリートOLで、ホストをしている名取に結婚を迫る。占い師も名取を指名する常連。
 ストーリーとしては、女性の転落死は会社絡みの謀殺で、占い師の力が作用したかどうかは曖昧なまま。名取は警察や映画を見る客からも生命保険目当ての殺人犯と見られながらも、協力者を得て真相にたどり着く。ホストの金目当ての犯行のように見せておいて、最後は純愛悲恋でお涙ちょうだい劇なのだという。
「じゃあ、幽霊でないじゃないですか」
「占い師の能力が作用している雰囲気を出したいんだよ。実際のところはそんな能力はないという前提ではあるんだが、あるかも知れないと思わせたい。ワルぶってても女に想いを残している男が、そんな占い師をどう扱うかってとこも関わってくるんだ」
「じゃあ、どっちかっていうと生霊ですかねー。じゃあ、こういう映像も参考になりますかね」
 森は、すばやく動画を選択する。
「PK、いわゆる念動力の実験画像です。これは日本で撮影されたもの」
 暗視カメラの映像。学校の生徒用の椅子が一脚。それが、ずずっと動き、転倒するまでの映像が映っていた。
「ちなみにこれは、意図的なものではなく暗示作用です。能力がありそうな人に暗示をかけるんですよ。能力があれば、本当に指示したことが起きるんです。心霊現象じゃなくて無自覚な能力者がポルターガイストを起こすことがあるんで、原因を霊的なものに絞るためにやる実験なんです。こんな人が紛れていると、ただの自然現象が呪われた学校とかになっちゃうんですよー」
 タタン、と、森は更に動画を選ぶ。
「これも日本。これは現象自体は映ってませんけどね。その直前映像です。詳しくは本人に聞いてください」
 普通に自然光で撮られた、洋風の建物の窓のある廊下の映像だった。そこ、着物姿の少女が駆け抜けて行き、角を曲がって去る。それだけ。
「今のは、原さん?」
「・・・・・・ええ、わたくしですわ」
 真砂子からは表情が消え、膝の上で固く握られた両手が震えている。
「・・・・・・これは、俺も知ってる。曲がった先で、真砂子が消えた。消えた瞬間は映っていないが、真砂子がみつかった場所は誰も入れない場所だった」
「これも門外不出。事情もお話できません。ただ、とんでもない力を持つ悪霊は確かにいるんです。空間を捻じ曲げて人を閉じられた空間に移してしまうほどのものが」
 森は、両手を広げて口元に笑みを乗せているが、滝川は腕を組んで感慨深げに顎を撫でているし、真砂子は細い体を更に細くして固まっている。
 そんな真砂子に、後ろからどすんと、律が抱き着いた。びっくりする真砂子の膝に、遅れてニャンコ先生が着陸する。
「おい名取の妹。おまえは手段を選ばんか」
「私の名前は律。私は抱き着いてみたくなっただけ」
「一瞬で吹っ飛んだぞ、律。この娘の背に湧いてきた『恐れ』の気が。よほどのものだったんだな。関わった人間が思い出すだけで悪い気を生み出すほど。人間は祟る死霊を神に奉り上げるが、そういうレベルの死霊だろう。神レベルの悪霊だ」
「・・・・・・思い出してはいけないものなんですのね」
「場所によっては溜まって小物になる。まあ、私にかかれば一吹きで消し飛ばせる程度のものだがな」
「まあ、神レベルだった、確かに」
 滝川が、ぽんと真砂子の頭に手を乗せる。後ろから抱き着いている律が、頬を寄せる。真砂子は、ニャンコ先生を腕に抱き、ぎゅっと抱きしめた。
「あれは死霊でしたが。生霊のパワーも、凄まじいですわ。そもそも、生霊として飛ばせるだけのパワーがあって、しかもいくらでもそのパワーが供給できるのですもの。その占い師に能力があって、変質した想いを抱えているならば、崖に立たせて突き落とすことも可能でしょう」
「そうだな。さっきのPKの実験だが。無意識にできる人間が実際にいる。年季の入った建物が倒壊するかと思うほどの現象も起こせる。無意識のPKととるか生霊のしわざととるかの違いだけだな」
「意識的にできる人も本当にいるんですか?」
 永井が尋ねる。
「いわゆる、超能力者って、本当にいるんですか?」
「無意識にできるんだから意識的にも可能だろう。コントロールできる人間なら。俺が除霊するのだって、色々吹っ飛ぶこともあるからな。はたから見ればPKに見えるんじゃねえ?」
「そうですわね。物が動かなくとも、滝川さんが本当に除霊したり結界を張った時にはその場の空気が変わります。多くの方が感じ取れますわ」
「本当に、は余計なんだが、真砂子ちゃん」
「そうですわね、何もいないところでも、場を浄めてはいるわけですものね」
「見えないんだからしょーがないでしょっ」
 滝川がおどけて見せて、真砂子がようやく笑みを見せた。
「じゃあ、門外不出版はこんなもので。あとはてんこ盛りのDVDをお楽しみくださいね。解説が必要なものは、画像ナンバーと一緒にメールでお尋ねください。すぐは無理でも、一〜二日の内には返信できますから」
 にっこりと笑んだ森の表情からは到底想像もつかないようなてんこ盛り画像の山に、撮影隊チームは後日、そのリアル感を映画に反映させようと奔走することになるのであった。 「ニャンコ先生は、そのお姿が本物ですの?」
 ではそろそろお開き、というところで、原が先生の両脇を持ち上げぶら下げて訊ねる。高級料亭の床の間の前で小首をかしげる着物美少女の様は、それだけで絵になる。猫がやや不細工だったが。
「とんでもないことを言うヤツだな。私の高貴な姿がみたいと言うか? ああ、確かにお前なら見えるのかも知れんな。どれ、一瞬だけ見せてやろうか?」
「え、よせ、ニャンコ先生、でかいんだから皿とか壊れるだろう!」
「そんなヘマはせんわい」
 ドロンと、招き猫が姿を消した。
 騒ぎに注目した人々の内、立花と永井と森以外の人間は、その姿を見た。
 和室一杯の、真っ白いふさふさの生き物。の、どこか一部を。
「わあっ」
 見えない人間も部屋の壁や床に押しのけられ、声を上げる。何せ、二十畳ほどの和室に巨大なニャンコ先生だ。しかも、足元には大量のお膳。ニャンコ先生は中でぐるりと横に回り、すぐにドロンと招き猫に戻って律の腕に飛び込んだ。
「どうだ、コップ一個倒さなかったぞ! 華麗な私の姿は拝めたか!?」
「狭すぎて白い毛しか見えんかった」
「コップは倒さなかったけど、人間倒したんですけど」
 結局、律がキラキラと目を輝かせてその後ニャンコ先生を離さなくなったものの、他の人間には評判はいまいちだった。
「やっぱり撮りたかったなあ」
 森が、スマホを片手に悔しがっていた以外は。

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