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妖と人

 この、鋭いほどの静謐さ。
 両手で打ちおろし、片手で薙ぎ払う。
 自由に動かせるようでいて、御しがたい。
 眼前に真剣を構えて、名取はその美しさの向こうに父親を見る。
 相手は鞘に刀身を納めている。名取も、視線を逸らすことなく、刀を納めた。
 そのすぐ頭上に、右脇に、足元に。
 悪いもの、が依り憑いている。
 それは、名取自身にも憑いている。
 妖か。感情か。念か。執着か。
 眼鏡なしでも見える。悪いもの。
 それらの抵抗を感じながら、神の気をうつした真剣で、それらを切り祓う。
 拝殿では、御簾の内で神々が宴を繰り広げている。悪いものたちが殺戮されるのを、鑑賞しながら。
 名取らは、身のすれすれの位置を、相手が型どおりかわすのを計算の上で、刀を振り下ろし、薙ぐ。
 時間にして、3分ほど。
 見ている人間には、息を呑む連続。
 見ている神々には、愉悦の連続。
 祓われる対象に選ばれた者は、その間、拝殿の前に設けられた席でわずかにも動けず、固まっている。
 依り代となった名取らの身ぎりぎりをかすめる刃が起こす風を、感じるからだ。
 残りは、右脇のもの。
 互いに間合いをはかり、一気に踏み込んで。
 切り祓う。
 身についたものを祓い終えたところで身を翻し、一番の大物を封じた札を指した竹を、札ごと。
 父親は袈裟懸けに、名取は逆袈裟に。
 真っ二つになった札と竹が飛んでいく。
 歓声が聞こえた。

 名取が権禰宜を務める榊ヶ原御霊神社における棒術榊ヶ原神道流の奉納演武会は、無事終了した。
 神々は拝殿からいずこへか場所を変え、宴の続きをするようだが、道場の者や氏子たちは、後片付けに取り掛かる。
 名取ら、演武会に参加した者たちは更に拝殿で神事を行い、ようやく解放されることになる。
 長い者は年末から、短い者でも3日。この演武会のために潔斎して過ごしていたのだ。
 名取は年末から丸一週間、神主の仕事をしつつ稽古をしつつの潔斎生活。
 ずっと、神域外には出ていない。電話も禁止だし、まして妖に関わることは穢れになるので式とも関わることはない。
 年末年始はどっぷりと、家業に浸かりきる。
 演武会に参加できるようになってまだ3回目だが、物心ついた頃から年末年始の過ごし方は世間一般とはかなり違うものだった。
 今回は体を壊したこともあって、大晦日からようやく準備にかかるという有様だった。
 ぎりぎりまで参加を危ぶまれていたのだが、父の相手をできるのは名取の他にいないという結論が出て、無事参加できた。
 演武会であり、神事である奉納演武会は、技量だけで役を決めることはできない。
 居合の段でいえば、名取の父は七段だが、名取は二段。技量に差がありすぎる。
 段位試験は間に年数を置かなければいけないので、実際は四段くらいだろうといわれているが、それでも差は歴然としていた。
 それなのに、名取の父の相手が名取でなければならないのは、名取が『見える』からだ。
 名取の父は『見る』能力はあまりない。名取の式くらい大物になればかろうじて見える、という程度だ。
 けれど、長く神職を務め、武道を極め、鋭い感覚を持つに至っていた。
 見えなくとも、妖がいれば小物の気配でも感知することができる。隣の部屋の小物を壁があっても感知する。名取には、壁のために見えなくとも。
 それでも、父の実力に一番近いのは、名取なのだった。
 今日の奉納演武会では、榊ヶ原神道流の棒術と居合術の演武を披露し、最後は名取父子の行う神事。
 刀で実力行使で祓う、妖祓い。
 氏子たちの中でもっとも困難に遭っている者2名が、祓いの対象に選ばれる。妖以外の様々なものもくっついている。主に、人の念。
 はっきりいって、ものすごく、気力体力を使う。
 よって、ものすごく、疲れる。
 最後の神事も終えて解散になった頃には、名取は疲れ果ててすぐには立ち上がることもできなかった。
 なさけないな・・・・・・。
 兄弟子たちが立ち去る中、平静を装いつつ名取は胸のうちでそう呟いた。
 石に宿った神の周りで、配下気取りで悪事を働いていた小物たちを紙人形に封じた日。
 神の気に新たに触れたせいもあるのか、それとも妖封じのせいだけかはわからないが、名取は帰りの車中で意識をなくしてしまった。
 気づいたら、自分の住処である離れの布団で、点滴を受けていた。
 マネージャーの安藤と立花に運び込まれてきた名取を見て、名取の姉は病院に連絡をした。
 日にちの感覚を失っていた名取が診察をすっぽかしていたため、担当医が往診に押しかけて来たのだ。
 そして、名取が気づいた時、天下無敵な変人医者は隣りの部屋で、棒術八段居合七段の宮司を筆頭にした家族たちに、説教をしていた。
 このぶり返して再入院までした無謀な子供を野放しにしておくとは何事か、身内なら縛り付けてでも安静にさせておけ、と。
 それを聞いていたときはまだ頭がはっきりしていなかったので、名取はただぼんやりと聞いていたのだが。
 後になって、なんだよそれは、と赤くなったり青くなったり・・・・・・。
 結果、名取は大晦日まで離れを出ることを許されず、安静を強制された。
 髪を年末年始用に黒く染めに行くことさえ許されず、姉が買ってきたもので染めるしかなかった。
 実際、その作業だけでもひどく疲れて、大人しく寝ているか座敷で庭を眺めているかしかできず。
 柊が帰って来た翌日からは、柊と妖が昔書いた巻物の翻訳作業をしたが、妖絡みのせいか視界が時々白くスパークして長く続けることができず、布団と座敷を行ったりきたりだった。
 神の気を受けすぎた意識と、俗のままでかつ弱っている体。
 眠ることが、一番の解消法だった。
 なんとか大晦日にはスパーク現象も収まり、神職の仕事に復帰できるようになったが、そこからはもう稽古もあるし仕事もあるしで忙しくてまさに不眠不休。
 ようやく解放されたものの、無理に無理を重ねた体は、もはや言うことを聞かなくなっていた。
 それでも、名取は姿勢を保ち表情につらさを出すこともなく、冷たい床にただ座していた。
 最後に、父が立ち上がる。
 父が去って、少しでも体が休まって動けそうになったら自力でなんとかしようと思っていた名取は、自分に向かって来る父の姿により身を固くする。
 父は、黙ったままぐいっと名取の体を引き上げる。わきの下に肩をあてて、自分より背の高い名取を歩かせた。
 ああ、そうか・・・・・・。
 名取は、なんとかついて行きながら、思った。
 名取が疲れ果てていることくらい、気配に敏感な父にはわかるのだ。
 いつもなら放置するのに、医者に怒られたことが効いたのか、放って置くことができなかったらしい。
 下足入れのところに、受付係をしていた兄弟子が待っていた。
 何の用で待っているのかは知らないが、父は多分、彼に離れに連れて行くよう頼むのだろうなと、名取はぼんやりと思った。

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