非常に危険な神事でもあるため、並みの集中力では舞台に上がれない。
なので、名取はギャラリーに例年と違う団体がいることに気づいていなかった。
地元新聞社の地元版以外の取材陣。
マスコミの団体だった。
万事を終え、疲れ果て父に引きづられるようにして拝殿を出ようとした名取を待ち受けていた受付係の兄弟子から、マスコミ陣の取材依頼について話を聞く。
俳優名取にインタビューしたいことがあるので時間をもらいたい、と。
受付係は、かたくなに万事終わるまでダメだと主張し、代わりに招待制の演武会の見学を立ち見で許可したのだという。
「わかりました。ありがとうございます。余分な手間かけてしまって申し訳ありませんでした」
名取がこの神社を実家としていることは、なんだかんだ、一部のマスコミにはばれている。
とはいえ、夜討ち朝駆けされるようなネタの、女を連れ込むとかいった環境にはないため、普段芸能関係のマスコミがうろつくことはない。
おそらく、マスコミ側も今日が演武会と知ってきたわけではないだろう。
何せ、大晦日からの潔斎で電話は禁止だし式たちとも会っていないので、彼らがいったい何を目当てにやって来たのかわからない。
本来、名取は一月の第二日曜日に行われるこの行事の翌日まで休み、と契約書にも明記してあるため、俳優名取としての仕事をする必要はないのだが。
事務所からの仕事ではないので、契約がどうこうと言うこともできない。
休みとはいえ、名取が俳優という肩書きを持つ以上、自分で対応するしかないのだろう。
本当なら一度事務所に電話して情報を得てからにしたかったが、彼らも痺れを切らしているらしい。
「大丈夫なのか?」
父に訊かれて、名取はその手をそっと外した。
「話だけですから、大丈夫です。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
名取は、草履を素足のままつっかけると、兄弟子の案内で彼らの溜まっている方へと向かった。
今日は眼鏡は邪魔なのでしていない。が、道着に黒髪だ。まだそんなに売れているわけでもないので、知らない人にはただの神社の長男坊。
大勢のマスコミの登場を、ギャラリーはどう思ったことやら。
「・・・・・・変なこと聞かれたんで」
「はい?」
受付係の兄弟子が、ため息を落として向かおうとする名取に告げる。
「舞台を見ればわかる、と言ってやったんだ。俺たちに、疑う余地はない。・・・・・・行って来い」
真剣な目に、口元の笑み。
名取は、同じような笑みを返した。
「行って来ます」
マスコミ陣は、大人しく帰路につくギャラリーには構わず、社務所の傍に固まっていた。人の行き来は多いものの、長身の名取に彼らはすぐに気がついた。
名取は人ごみを抜け、彼らの傍に立った。
「お待たせいたしまして申し訳ございません。当社権禰宜を務めます名取でございます」
深々と腰を折る。姿勢を正すと、一瞬、あっけに取られる一同が見渡せた。名取はにこりと、俳優名取の煌めき笑顔に切り替える。
「演武会はいかがでしたでしょうか? 結構スリルあったでしょう?」
安心したように、あちこちからほめ言葉が飛んで来た。名取がそれらに礼を言って一段落ついたところで、一人が代表として質問に入った。
「えー、××TVの堀田です。早速ですが名取さん。昨日の成田での騒ぎについては、ご存知ですよね?ご意見をうかがわせていただきたいんですが」
どうやら、名取個人がどうこうということではないらしい。
「申し訳ありませんが、どういった騒ぎがあったのか私は情報を持っていません。本日の神事のため、年末からの潔斎で外部との接触は断ってあるんです」
「えー、テレビとかは?」
「テレビもラジオもネットも禁止です。電話も。電気製品一切禁止なんですよ、この行事。照明くらいですね、身近な電気は。そのスイッチさえも触ってはいけないんです」
ざわざわと声が交わされる。まあ、今を煌く俳優が、数日間とはいえそんな昔話のような生活をするとはにわかには信じられないだろう。
「なので、事務所とも年末以降連絡をとっていないのです。意見ということであれば、その騒ぎとやらを教えていただけると助かるんですが」
戸惑いつつ、堀田が説明をしてくれた。
小谷が、昨日、ハワイから成田に帰国したのだという。
が、預けたトランクを放置して空港を立ち去ってしまった。
実はそのトランクに麻薬探知犬が反応していて、取りに来る持ち主を張っていたのだ。
ただちに持ち主は特定され、警察が小谷のマンションに先回りしたものの本人は帰宅せず。
未だに、彼は行方不明なのだという。
この取材陣は、芸能界の麻薬汚染の範囲を確認するために、まずは病に倒れたばかりの名取を疑いにやってきたということのようだった。
まあ、あちこちに出没しているのであろうし、本命ならばこれほど紳士的なインタビューでは済まないだろう。
ようやく兄弟子の信じているという意味が了解できた。
確かに、演武会の様子を見ればわかるだろう。
ラリっててできる舞台ではない。
「容疑の真偽についてはどうお思いですか?」
確かに、名取は映像を通して、麻薬汚染の疑いを持っていた。が、普通ならわかるものではない。
「私にはわかりません。ご一緒する機会もあまりありませんでしたし。明るい方でしたから、そういうものに手を出すようには見えなかったんですがね」
「前のドラマは一緒でしたよね。ここ何回か、名取さんの代役をされたり、代役するはずが名取さんに戻ったりということがありましたが、交流はなかったんですか?」
「ああ、前のドラマは一緒の場面はワンシーンだけでしたし、私が体を壊している間はもう、現場で一回すれ違っただけですね。お礼を言う余裕もなくて申し訳なかったくらいです」
「名取さんのご病気は肝炎ということでしたが。もうよろしいんですか?」
「お蔭様で。体重はまだ戻りませんが。色々とお騒がせしまして申し訳ありませんでした」
名取は疲れを見せずににこやかに応対する。顔色まではごまかしようがないが、病み上がりは承知の上だろう。
名取の中の神の気は、まだ完全には消え切っていない。
そして、あの演武会の様子を見て。淡々と丁寧にインタビューに応じて。
マスコミ陣は、名取に疑う余地なしと納得し、神社名を伏せる約束で演武会の映像も使わせてもらうとの許可を得て帰って行った。
名取は鳥居のところまで彼らを見送ると、片付けに戻る。
「周」
外回りの片付けをしていると、父親が現れた。
「これを母屋に。手入れは私がするから、置いたら後は離れに戻れ」
そう言って、演武会に使った真剣を名取に預けて拝殿へ戻って行った。
名取は後をまかせて、父の言う通りに母屋へと刀を運ぶ。滅多に訪ねることのない、父と義母と妹の住まいへ。
玄関の引き戸を開け、声をかける。返事はない。
父の依頼なので、気にせず勝手に上がりこんで床の間のある座敷へ行き、台へ刀をおさめる。
座敷を出ようとして、続き座敷になっている隣の部屋のこたつから、妹が自分を見ているのに気がついた。
妹は、今日、演武会に先立って巫女舞いを披露した。
うっすらとほどこした化粧をまだ落としていないようで、とても15歳には見えなかった。
「今日は大役お疲れ様。良かったよ」
妹は、視線をそらさずに軽く首を下げる。
「刀はお父さんが手入れするそうだから、置いて行くよ」
今度は軽くうなづく。
名取は、妹の声を聞くことなく母屋を出て、自分の棲家へと戻った。
「お帰りなさいませ。お疲れ様です、主さま」
式3人が出迎える。名取の潔斎が終わるのを、今か今かと待っていたらしい。
・・・・・・疲れた。
名取はシャワーを浴びると、事務所に電話を入れる。バタバタしているらしく、かなり待たされて、社長自らが出た。
「そっちにマスコミが行ったって!?」
名取から様子を聞いて、社長は派手にため息を落とす。
「お前が巻き込まれないで済むようにするには、正解だな」
なんでも、小谷の名取嫌いは一部では有名だったのだという。中には、陥れてやりたいと思っているらしいという情報もあると。
「ヤツが見つかる前にそういった映像で疑いを取り除いておければ、ヤツがお前を巻き込もうとしても手遅れ、ということになるだろう」
場合によっては入院中の検査データの開示さえも辞さない構えで守るから了解しろとのことで、名取は社長に一切を任せた。
明後日には撮影が始まる。
体を治すために、名取はその日、早々に眠りに落ちた。