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妖と人

 最後の休みの日。朝は忙しいかな、と思いつつ、夏目の家に電話をした。
「名取さん、元気ですか?」
 夏目は年始の挨拶が済むと、まずそう言った。声から、心配気なのが伝わってきた。
「元気だよ。年末は色々迷惑をかけて悪かったね、助かったよ。昨日は急な招待にせっかく来てくれたのに話もできなかったんで、電話したんだけれど」
 夏目が名取の命を救ってくれたから、なのだろう。奉納演武会に彼と家族を招待しろと、父が招待状をよこした。
 本当はすでに招待の手配は終わっていたのだが、空席があったのだろう。
 年末は体調のせいか声の出が悪かったのであえて電話はせず、宛名だけを書いて姉に投函を依頼した。
『藤原 滋 様 ご家族 様』
と。
 余裕もなく集中していたので観覧席に彼らがいるかどうかは見ていなかったのだが、受付の名簿に夏目の字とは思えない男性の字で『藤原滋』と書かれ、受付の字で『3名様』とあった。
「はい、招待していただいてありがとうございました。カッコ良かったですよ、名取さん。普段からは想像つかないくらい」
「そうかい? 聞き捨てならないな。普段の私の格好良さがわからないなんて君の眼は節穴かい?」
「あ、よくわかりました、名取さん元気ですね、はい」  声音にたっぷりと煌きを乗せてやると、電話線の向こうからはうんざりした声が聞こえてきた。
「あ、俺もう行く時間なんで。塔子さんが代わりたいって。じゃあまた」
 夏目はつれなく通話を打ち切ってしまう。バタバタと廊下を駆ける音と、いってらっしゃい、という女性の声。ああ、やはり朝は悪かったかな、と思っていると、涼やかな女性の声が耳に届いた。
「名取さん? 昨日はご招待ありがとう。素晴らしい会だったわ。滋さんも貴志君も興奮しちゃって。もちろん私もよ」
 そのやわらかい声を聞きながら、今年に入って姉以外の女性の声を聞くのはこれが初めてだったな、と思う。
 なんだか得した気分だ。
 うれしそうな感想に、年末、夏目に世話になった礼を述べて切る前に、塔子は言う。
「あの、招待状、滋さんの名前で、ご家族様、て書いてくれたでしょう? 私たち、とても嬉しかったわ」
 高校生の夏目宛で家族を招待するわけにいかないので、名取は、ごく当たり前に書いたに過ぎない。
 電話を切ってから、名取は以前会った時の塔子の笑顔を思い出す。
 あの女性を母のように慕える立場になった夏目が、うらやましい。・・・・・・ほんの、少しだけ、そう思った。

 名取には、父が再婚したので義母がいる。
 挨拶以上の会話をした覚えは、ほとんどない。
 小学生くらいの頃はまだ少しは話をした気もするが、内容は覚えていない。
 妹が3つ4つになった頃から、遠ざけられるようになった。名取が中学に入るか入らないかの頃だ。
 その妹は今度高校受験のはずだが、挨拶どころか姿を見ることも稀だった。通学などのために出入りする時にしか姿を見る機会がない。
 昨日はずいぶん久しぶりで、いつの間にか娘らしく育っていた。
 どうも、義母が妹に名取と関わるなと言っているようだった。
 原因は、名取にもわかっていた。
 名取が見えるから。
 そして、妹も見えるから、だ。
 それがわかってから、名取は遠ざけられるようになった。
 義母も、元は他家に嫁いだ女性だった。
 氏子でもある近くの地主の娘で、嫁ぎ先で子供ができず、離婚された。
 氏子の話を聞いた父が、子供はもう2人いるのでできなくて構わないからと、結婚を申し出た。
 実母が死んで何年も経っていたので、特に反対する者もなく、子供たちのためにもそれが良いと、賛成した親戚が多かったという。
 姉は嫌がったらしい。名取自身は、なんとなく姉の側にいたが、好奇心はあった。
 そうして、思いがけず妹が産まれた。不妊の原因は前の夫にあったらしい。
 結局、妹がかわいくて姉も義母になつくようになり、名取も一緒になってかわいがった。
 しかし、妹が話せるようになってきて、あちこちにいる妖たちの姿を語るようになってきて、義母は急に、冷たくなった。
 名取に。姉に。そして、父にも。
 父と実母は、親が従兄弟同士だった。女系のこの家を継いだ母のところに、血縁のある父が入った。
 そうして、産まれた男の子である名取には、その血縁たる能力が備わっていた。
 姉にはまるでその能力はない。なのに、血が薄まったはずの妹には、それが引き継がれた。
 義母は当初、父を嫌っている様子はなかった。子供の頃一緒に遊んだことがあると、恥ずかしそうに言っていた。
 義母が嫌ったのは、この能力を受け継ぐ血。
 娘の能力を否定するために。
 姉は、妹がその能力で困っていても相談できる相手がいなくてかわいそうだ、と言っていた。
 名取もこの力で相談できる相手などいなかったが、そういう血統であり、ほかにもそういう能力者がいることは知っていた。
 そういえば、夏目もこれまで、そういった能力のある者と会ったことがなかったという。
 見えるといえば嘘つきと呼ばわれ、口をつぐんでも妖がこちらを放っておいてくれなくて、挙動不審になり・・・・・・。
 名取などは、周囲が知っていたので挙動不審というよりは、怖がられていたのだけれど。
 妹は、自分の力についてどれだけ知っているのだろうか。

 ぼんやりしていると、電話が鳴った。
 名取の部屋の電話は、いまどき珍しい黒電話だ。電話に限らず、家電は古めかしいものばかり。名取が家電と相性が悪いからだ。
 携帯電話もすぐ壊れるので、事務所に持たされているものを受信専用にしていて、コールが鳴れば公衆電話を探して電話する。
 携帯メールは読めるが、返信は破損の危険が増すのでしない。
 新しい家電といえばパソコンくらい。
 これも、ノートパソコンはすぐ壊れるのでデスクトップパソコンだ。電源を入れるときには素手では決して入れない。
 おかげで本体は無事だが、マウスやキーボードはよく壊れるので、あまり使わない。
 なので、Eメールアドレスを人に教えることはない。
 ただ、一応FAXはあるので、用件が伝わればいいとか、いつでもいいから連絡を取りたいという場合にはそれで連絡が取れる。
 その前提で番号を教えた相手はそれなりにいるが、実際にそれを2回以上活用した芸能人は、片手で足りる数だ。そのうちの1人が、境だった。
 電話の相手は、マネージャーの安藤だった。
 明日からのスケジュールの確認と、小谷の騒ぎのこと、それに、大臣秘書の橋本から伝言として神社の名前を聞いている、という話だった。
「そっちにマスコミはもう行かないとは思うが、明日は事務所には寄らなくていいからな。余計な騒ぎに巻き込まれるだけだ」
「わかりました。で、小谷さんの仕事はどうするんです? 私でできるものは受けますけど」
「ああ、あてにしてる。今のところ、撮影が終わってた2時間ドラマの脇、撮り直し間に合いそうなんでそれ回すことになりそうだ。明日からは忙しいぞ、覚悟しておけ」
「昨年はご迷惑おかけしましたからね。働いてお返ししますよ」
「体調は大丈夫なんだろうな? 明日の台本読みとスタジオ撮影にも1人で行ってくれ、小谷の分の仕事の割り当てが決まったらそっちに行くかも知れないが」
 名取は体調は大丈夫だからと、電話を切った。
 体そのものは、もういいはずだった。潔斎中の食事は粥などの粗食だったのでちょうど良く慣れて食べられるようになった。
 みはしら様に襲われたショックなのか、的場やヤモリのことを思い出しても大丈夫になった。
 ただ、みはしら様の神の気が抜けきっていないために、時々、自分の体じゃないような違和感がある。神が憑いている、という感じだ。
 人の身には神の気は強すぎる。潔斎生活をやめて社会に戻るとなると、体が汚染されてきて、また苦しいことになりそうだ。今も、ひどく疲れる。
 とはいえ、休んでばかりもいられないし、休んでいても解決にはならない。
「柊」
「はい」
「出掛けるぞ。瓜姫と笹後は留守番」
「主さま・・・・・・」
 ついて行きたそうに呟く笹後に、名取は言った。
「行き先は結界のしっかりした神社だ」
 柊とて、結界内には入れない。怪訝そうにする式たちに、名取は重ねて言う。
「あの『石』の神社へ行く。案内しろ」
 柊は、ただ黙って従った。

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