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妖と人

 石のお祓いを依頼して来た大臣の地元は、隣の県のA市。調べると、やはりその市内に橋本の言う神社はあった。
 出発する前に義兄に尋ねると、その神社は父の友人が宮司を務めているところではないかと言う。
「格はうちと同じだな。行ったことがある。あちらの方が鎮守の森は広いよ、山ひとつあるんじゃないかな」
 妻子がいる場のせいか、砕けた雰囲気で教えてくれる。
 電車だと一度上ってから乗り換えて下らなくてはならないので、車の方がいい、一時間で着く、とも教えてくれた。
「今日は軽トラ使わないよ」とも。
 名取は、車とも相性が悪い。
 CMやドラマで車を運転するシーンがあっても、通常は牽引されての撮影なので実際に運転することは滅多にないので問題はないのだが。
 日常生活で車を使わないのはそれが一番の理由だ。
 万事、造りがシンプルであればあるほど相性の悪さが改善されるので、車は5速マニュアルの軽トラやバンが一番問題ない。
 けれど、恋愛ドラマで煌く俳優が軽トラを乗り回していてはイメージに問題がありすぎる。
 とはいえ、時間が惜しいので、今日は軽トラを借りることにした。
「お父さんにも言って行けよ、そこ行くなら」
 幸い、父がちょうど家を出て来たのに行き会った。聞けば、義兄の言うとおりだった。
 行く理由を聞かれて正直に答えると、電話を入れておいてくれるという。
「酒屋で地酒買って持って行け。二升な」
 どうやら早い話が飲み友達らしい。
 先祖代々の自営業の店というのは、営業時間が有って無いようなものだ。名取は近所の高校生が学校へと向かう中、酒屋で地酒を入手する。
「電車じゃ2〜3時間かかったろうな。よく戻って来れたな」
 助手席には柊がいる。
「主さまに教えていただいた通りにしたら戻れました」
 名取は、路線図が必ず改札の外にあること、その駅が目立つように描いてあることと、線が交わるところに駅名があれば乗り換えの可能性があることと、榊市の駅と東京の駅の漢字を教えただけだ。
 柊は、人間の字はまだあまり読めない。けれど、頭は悪くない。
 何度も名取に着いて電車を乗り降りしているうちに、教えていないことも学習したのだろう。
 名取がシートベルトを着けるのを真似してベルトを締めると、不思議そうにギアを操作するのを見ていた。
「車の運転には免許がいる。色々決まりごともある。いくら操作を覚えても、いじるなよ」
「はい」
 今日は、石の安置状況を確認するだけだ。良好なら、恩を売られた仕事は片付く。
 次は、新たに恩を売ってしまった立花への恩返しだが。
 結局ろくに解説もしなかったし、地味な仕事だったのであちらは不満が募っているだろう。
 とはいえ、そうそう派手にバトルがあるわけではないし、そんな危険な現場には連れて行けないし、どうしたものか。
「主さまっ、停まって下さい!」
 柊の声に、名取はすばやく後ろに車が来ていないことを確認してからクラッチとブレーキを踏んだ。
「なんだ?」
「今、橋の下に母屋の娘が」
 車は水路沿いに国道を目指して走っていた。見れば、柊の示す橋の上で、中年の女性がおろおろしつつ、軽トラを手招いていた。
 名取は軽トラをバックさせて、橋のたもとで車から出た。
 すると、若い女たちがもめる声が聞こえた。
「兄さん、兄さん、止めてやって、助けてやってっ」
 ウォーキング中だったらしい主婦が、下を指差して喚いている。
 名取が橋をわたって反対側の橋の下へ降りると、すさまじい光景が広がっていた。
「ちっとはおとなしくしろよっ」
「つけあがりやがってっ」
「調子に乗ってんじゃねえよっ」
 確かに、柊のいうとおり、名取の妹がそこにいた。1対3で、同じ制服の女生徒らに囲まれて。
 囲まれて、というより、乱闘状態だった。
 名取が止めに入る間もなく、1人が名取の妹に水路に蹴り落とされた。
 それにびびってつかんでいた腕を離した女生徒が、今度は胸元をつかまれて投げ落とされた。
 残された1人はアッパーを喰らい、やはり水路に落っこちた。
「そこでそのなけなしの頭冷やしたらいいわ。風邪引く心配はないでしょう? 馬鹿は風邪引かないそうだから」
 冷たくそう言い放った、残された女生徒。
 名取の妹、だ。
 3人は名取の姿に気づき、捨て台詞を吐きながら水路の中を走って行った。農閑期なので、水はほとんどない。が、泥だらけになっていた。
「・・・・・・律」
 名取が呆れて呼ぶと、名取の妹は初めて兄の存在に気づいて振り向いた。
 昨日見たロングヘアの美女は、ひどい有様になっていた。
 額と頬にはすり傷ができて血がにじんでいるし、いまどき珍しく二つのおさげにしていた髪は片方が短くなってばらけている。
 コートの肩はほつれて制服が見えているし、靴は片方どこかへすっ飛んでいた。
 すさまじい、女学生の乱闘現場に遭遇してしまったものだ。
「・・・・・・」
 律は、ただ黙って名取を見返した。
「荷物と、靴は?」
 にっこり尋ねてみると、怪訝そうにしつつ辺りを見回す。幸い、水路には落ちずに転がっていた。
「今のは、同じクラスの子たち?」
「そう」
 数年ぶりに、妹の声を聞く。
「氏子さんたちの娘よ。昨日見に来てたみたい。気に入らなかったんですって」
 たしかに、律の巫女舞のレベルは高い。妬みからロングヘアを狙われたということらしい。
「車だから、乗りなさい。一度家に帰ろう」
「・・・・・・何笑ってるのよ?」
「律がしゃべってるからさ」
「何?」
「あと、喧嘩に強いってわかったからかな」
 にまにまと笑う名取に、律は唇を尖らせて睨み上げている。
「その格好じゃ家にも学校にも歩いて行けないだろう。おいで」
 律はしばらく睨み上げていたが、名取がお構いなしに笑っているので、諦めて口を開いた。
「家にも学校にも行かない」
「じゃあどこに行きたい?」
「1人になれるとこ」
「それは難しいなあ」
 橋の上から、何人もの人々が下を覗き込んでいた。主婦が近所に助けを求めたらしい。
「とりあえず、靴履いて、鞄拾って、上に行こう」
 もたもたしているうちに、すぐ近くの中学校から教員が跳んで来た。近所から電話がいったらしい。
 名取と妹は事情を話し、目撃した主婦の証言も得て、とにかく今日は自宅に連れ帰り休ませます、ということで話がついた。
 もちろん、名取の煌きも効果的に作用し、教員は確実に味方につけておいた。男性教員だったが。
 律は大人しく軽トラの助手席におさまった。柊は自主的に荷台に移動している。
「家には帰さないで」
 名取は、公衆電話をみつけて一度家へ電話すればいいか、と、予定通り目的地へ向け軽トラを発進させた。

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