「近所の美容院だと噂になるだけだから、お兄さんの行き先の方でどっか美容院探してよ」
「一日つきあう気ならそれでもいいけどね。じゃあ、せめてこれ被ってて。擦り傷にザンバラ頭じゃこっちが不審者だ」
名取は、かぶっていた帽子を妹に投げ渡す。妹、律は大人しく深々とかぶった。
国道に出て、軽トラが信号で停まる。
「ああ、律、ちょっとこっち見て」
名取は、バックミラーをのぞきながら座席の背を叩いて言った。律は、怪訝そうに背中側を見る。そこには、バックが見えるように一部ガラスがはまっている。
「・・・・・・」
律は、無言で背のガラスを見る。そこには、名取のノックで前を覗き込んだ柊の顔が見えているはずだった。
「ああ、やっぱりお前は見えるんだな」
律は、ただ視線を名取に寄越した。名取は、青信号で車を出す。
「一つ目の面が見えただろう? あれは妖だ。よくうちをウロウロしている奴だけど、見たことなかったかい?」
「・・・・・・なんのこと?」
「お前はチビの頃見えてたよ、確かに。俺も見える。お前が了解してくれるなら、後ろの妖をこの間に入れてやりたいんだけど?」
名取は、2人の間を指差して言う、ギアはハンドルのサイドについている。本来荷物置きなのだろうが、座席がつながっているので女の子2人なら3人座れそうだった。
「・・・・・・なんだかわかんない、お兄さんの言うこと」
「あ、そう。なら構わないね。そこのコンビニ寄るよ」
そうして、名取は一度自分が降りて、荷台にいた柊を座席の間に呼び込んだ。柊は黙したまま身を縮めて座り、律はそっぽを向きつつ窓際に寄った。
ついでにコンビニにあった公衆電話から家に電話を入れ、姉に事情を話しておいた。
結局、何の会話もないまま、目的地の市内に入った。
「俺は神社に用があるんだけど、どれくらい時間がかかるかわからない。美容院で待っててくれ」
「私お金ないよ」
「適当なとこあったら一緒に降りるよ」
神社がすぐだと道案内の看板が出たところで、ごく平凡な町の美容院といった感じの店がみつかった。律が了解したので、名取はそこで軽トラを停めた。
店内に入ると、先客が1人いるだけだった。テレビがワイドショーを流している。ちょうど、小谷のネタをやっているところだった。
律が店員と話している間、名取は立ったままテレビを見ていた。
小谷はまだみつからないらしい。事務所の記者会見の抜粋を流し始めた。
「お兄さん、一緒に待つの?」
「いや、行くけど、これ見てから」
律が尋ねるのに、テレビを見たまま返す。店員が息をのむ気配がした。バレたらしい。
店員たちと先客がざわめく中、名取は事務所が厳しい態度で臨む姿勢であるという話を聞く。続いて、いろんな芸能人がコメントをしていた。
その中には、名取もいた。結局、出たのは30秒ほどだった。テロップで、神社での演武会参加後の名取であると出ていた。
最後に、ワイドショーのキャスターやゲストたちがコメントをする中で、実際に名取の取材に来ていた者がいて、真剣を扱うさまは本当に格好良かった! と惚れ惚れ語った。
シナリオ通りだったのか、では、撮影に成功したそうなのでその名取さんの演武を少しごらんいただきましょう、と、たっぷり3分。
刀を腰に挿して父親と向かい合うところから最後に札を叩き切るところまで流した。おそらく、事務所が手を回したのだろう。
この映像を見て、麻薬汚染の影響を受けていると思う者はいるまい。
律は、また伸ばすので整えるだけのカットでいいと言っていた。ただ、先客がいるので一時間くらいはかかるだろうと。
正体がバレたので、求められるまま煌きを飛ばしまくって店員らと先客の握手とサインに応じて、名取は先払いで妹を預けて店外に出た。
軽トラで一分とかからぬうちに、神社の駐車場に着く。
社務所で、年末に奉納された石の件でわかる方を、と頼むと、宮司が出てきた。なるほど、名取の父と同年代くらいの、しかし柔和そうな人物だった。
「はい、お納めいただいた石は鎮守の森に安置しましたよ。今日はお付きの子は?」
「お付き?」
「女の子が石にお付きでついて来たんですが、今日はご一緒では?」
どうやら、柊のことらしい。
「ああ、あれは駐車場で待っています。妖ですから」
宮司が言うには、石に宿っている神が安定していないので、何か縁のある者であるなら話を聞きたいのだという。
「面を外せば入れると思いますよ。連れていらっしゃい」
にこやかに言われ、名取は断ることもできず駐車場に引き返す。柊は、大人しく軽トラの脇で神社を見上げて待っていた。
「面を外して着いて来い」
名取は、ただ、それだけを言って背を向けた。
名取が再び鳥居を抜ける頃、後に続いていた柊の気配が、ふっと、変わった。妖の気配から、清涼な気配に。
面を外したのだろう。
名取は、振り返ることなく、鎮守の森の入り口で待ち構える宮司の元へと戻った。
「お嬢さん、いらっしゃい。『あなたの神』に、逢えますよ」
宮司は、にこやかに柊へ語りかけた。