うたかたのときTOP 夏目友人帳ファンサイトTOP

「名取、起きれるか?」
 呼ばれて、名取は目を開けた。とたん、ざわり、と悪寒が走った。飛び起きて、体の痛みに呻く、 慌てて自分の口を押さえた。
「吐くか? 左腕痛めてるな?」
 境が気遣ってくれる。安藤と小谷はすでに車外にいた。名取は、悪寒の原因と思われる方角へ視線を向ける。
 車は、旅館の駐車場らしき所に停まっていた。
「大丈夫、です。すみません、寝ちゃって・・・・・・」
 眼鏡がない。目元をさぐるのに気づいて、境が帽子と一緒に寄越した。
「ダテじゃなかったのか?」
「ダテですよ。この方が、良く『見える』んです」
 眼鏡のおかげで、漠然としていた方向がはっきりする。旅館の、建物の中。
 目眩は治まっているが、頭痛は残っている。あれだけ摂られても、勘は鈍っていないらしい。見えるものも見える。 もっとも、対抗する力はほとんどないだろうけれど。
 車外に出る。大物の気配がする。それと、呪術の気配。
 的場一門、か・・・・・・。
 今日の仕事は、この旅館だったらしい。
 まったく、詐欺だ。
 最初から、ここの大物を式にするつもりでいたのだ、的場は。
「いったいどんな調子なんだ?」
「ああ・・・・・・。撮影には、支障出さないですよ」
「それはわかってるさ。お前のこったからよ」
 名取が答える前に、小谷が声をかけてきた。
「名取さんは荷物ないの?」
「出先から来たから、手ぶらですよ」
 小谷は、ブランド物の旅行バッグを見せびらかすようにして抱いていた。
 ライバル視されているのはわかっている。正確には、足を引っ張ってやる気満々でいる。 名取には好きにやってろ、としか思えないが。
 境の荷物を安藤が持ち、旅館へと向かう。貸しきりなのに車がすでに何台も停まっていたのだから、撮影隊も中にいるはずだ。 的場らは、関係者用の駐車場を使っているようで、見当たらなかった。
 お祓いしたなどと、客に知られるわけにはいかないのだろう。
 旅館に入って、安藤が戸惑ったようにあたりを見回す。誰もいない。
「あれえ? すみませーんっ!」
 声をかけつつ、勝手に上がる。入り口で履物を脱ぐタイプの旅館だった。ロビーもあまり広くない。 案内なしでこれ以上入っていいものか、と思っているうちに、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
 名取は、周りに構わず気配を探っていた。
 車に乗り込む時に柊を帰したので、式はいない。裏の仕事道具の紙人形などは昨日、使い切ってしまった。 懐にあるのは数珠くらいだ。まあ、彼らがいるのだから出番はないだろうけれど、何やら気配がおかしい気がする。
「すみません、お待たせして。いらっしゃいませ」
 着物姿の女将が、息を整えながら丁寧におじぎをした。
「皆様東館の方で撮影されています。お泊りいただくのは西館になりますが、先にお部屋でお休みになりますか?」
「いえ、先に撮影の方に」
「では、お荷物お運びしておきますので、どうぞこちらへ。貴重品はお持ち下さい」
 3人分の荷物をカウンター内に移して、女将が名取を見る。
「名取様お荷物は?」
「ああ、私はありません。近くで着替えを調達できるところはありますか?」
「10分ほど歩いたところにアウトレットモールができたんですよ。あとは駅前まで出ないといけませんが」
「じゃあ、後で道を教えて下さい」
 女将は、芸能人3人の顔を見知っているようだったが、特に騒ぐことなく対応している。 名取は好感がもてたが、小谷は気に入らない様子だ。
 館内図によると、本館というのがここらしい。どの建物も2階建てだが部屋数は少ない。定員5〜60人規模というところか。 すぐ向こう、女将がいた方角には、大広間がある。
「他にお客さんいるんですか?」
 安藤の問いに、女将はにこやかに答える。
「業者が入っておりまして、お騒がせして申し訳ございません」
 ざわついているのが、安藤らにもわかったらしい。女将が東館の方へ案内しようと動き出したところに、また、 バタバタと足音が聞こえてきた。
「失礼」
 着物姿の年配の女性が、玄関へと駆け抜けていこうとして、
「っ! 名取!?」
七瀬が、飛び出す直前にこちらに気づいた。名取は内心、しまったな、と思う。が、ここはごまかさねばならない。
「おや、奇遇ですね? 七瀬さん」
 にこやかに言ってやる。撮影と日程が合ったのは、わざとの仕掛けではなかったらしい。
「何故ここに!?」
「撮影ですよ」
 七瀬はここに名取がいることを受け入れがたい様子だった。会いたくないのはこっちの方だというのに。
「そんなわけで失礼しますね」
 右手を挙げて、東館へ向かおうとする仲間の方へ体を向ける。が、七瀬がその手に飛びついてきた。
「手伝え名取っ」
「は?」
 そのまま、右腕を引っ張って行こうとする。
「ち、ちょっと待って下さいうちの役者勝手に持ってかないで下さいよっ」
 安藤が慌てて止めに入る。
「申し訳ないが人の命に関わるんだ、時間はかからないはずだから貸してくれ」
 これほどあせっている七瀬は初めてみる。いつも、余裕しゃくしゃくの嫌味なババアなのに。
「駄目です、出番前の役者変なことに巻き込まないで下さい」
 裏の仕事関係者と、安藤も気づいたらしい。名取の状態が良くないので、安藤も必死だ。
 これほどあせっているということは、人の命、というのは、的場のことか?
 居合わせなきゃ良かった。
 そうすれば、死んで葬式に出れば終わりなだけだったのに。
「名取、おまえを呼びに行こうとしてたんだ。的場をもどせるのはおまえくらいしかいないんだ。助けてくれ、名取」
 名取にしかもどせない?
「人手に困るようなとこじゃないでしょう、お宅は」
「あんな腰巾着どもがいくらいたって何の役にも立ちゃしないっ! 守れもしなかった!」
 自分も含めて、ということらしい。
 ここで見殺しにできるほど、名取は強くない。我ながらお人よしだ。だが、最低限のことは言わせてもらおう。
「昨日の今日で、乗り気しないんですけど?」
 俳優名取のお愛想は終わりだ。交渉に入ったと七瀬も気づき、掴んでいた腕を離した。
「会長は『また』と言っていたよ」
「なら、このままの方が私は安全ですね」
「『次』は止めてやる」
「『次』だけですか?」
 いまさらそんな手に引っかかってやるものか。
「『二度と』させない。それでいいかっ!?」
 自棄になって、七瀬が叫ぶ。
「おい名取!」
 安藤の制止は、悪いが聞けない。
「まあ、いいでしょう」
 はっきり言って、的場が余計な気を起こさなければ成り立たなかった契約だ。納得いかないが、仕方がない。
「すみません、ちょっと人命救助してきます」
 さすがに、そういわれては止められない。
「名取・・・・・・」
 境が、心配そうに呼んでくれた。
 名取は、ただ笑んで見せた。そうして、早くも戻ろうとする七瀬の後に続く。
「あの、名取様っ!?」
 状況が読めずに女将が声をかけてきたが、構わず七瀬の背を追った。

TEXTTOPへ戻るお人よし3

うたかたのときTOP夏目友人帳ファンサイトTOP