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 大広間に入ると、そこいら中に和紙の切れ端が散っていた。あとは、役に立たずにいる的場一門の男たちが多数。 夕べ見かけた男らもいた。口々に、名取の名を上げている。現れたことに驚いて。
 まったく、とんだ偶然もあったものだ。
 的場が、倒れていた。
 そのそばに、封印された壺がある。大物は無事片付いたらしい。
「封印が済むと同時に倒れた。体は生きているが、抜け殻だ。いったいどこにいったのか・・・・・・」
 的場には今、名取の性質が入っている。だから、名取には必ずそれがわかるはずなのだ。
 七瀬も、居場所の検討はついているらしい。名取の性質が的場に入っていなかったら、救出は困難だったろう。 まったく、たいした偶然だ。
「わ、どうしちゃったんですか?」
 誰かと思ったら、小谷がついて来ていた。見れば、安藤と境まで。
「『出番前の役者』が来るとこじゃないですよ?」
 小谷は打ち上げに来ただけだが、境は撮影がある。境が、鼻で笑った。
「『出番前の役者』が無茶しそうだったらとっとと連れ戻そうと思ってな」
 名取は苦笑した。境は自分を買ってくれているようだが、しょせん、名取は妖祓い人なのだ。
「残念ながら、私は根っから『呪術師』なんですよ」
 女将が、引きつったような声を上げた。若い女性に人気の名取が、呪術師と知って。
「ええ?」
 小谷が、間の抜けた声を出した。
「小谷さん、部屋を出て下さい。素人がこんなとこいたら、手足の一、二本ふっとびかねませんよ?」
 ひぇっ、と、小谷が慌てて襖の向こうに行った。別に荒っぽいことをする元気はない。
 名取は、的場のそばに正座する。手を合わせ、目を閉じる。
 傍からは、念仏でも唱え始めるかと見えるだろう。
 名取は、自分の中心へと意識を向ける。的場を探して、連れ戻す。
 今更的場になんぞ関わりたくはないが、仕事と割り切るしかない。割り切ってみせる。
 おそらく、居場所は封印の壺の中、だ。

 意識を集中させるために、いくつか祭文を唱える。
 みつけた、やはり壺の中だ。
「封印の壺。妖の腹の中」
 呟く。ざわめくのがわかる。が、言葉としては聞き取れない。名取の意識は、すでに壺の中にあった。
 壺の中、妖の腹の中の、更に的場の中の自分。姿があるわけではない。ただ、あるだけだ。
 妖の中で、少しずつ消化されようとしている。力を蓄えて、内側から封印を解こうとしているのだ。 これだけの力を食えば、これほどの大物なら可能かも知れない。
 消化されていこうとする的場を、逆に自分にとりこむ。
「捕まえた」
 妖の毒気に直に囲まれる。
 結構効くな・・・・・・。
 急がなければ消化されてしまう。的場に与えた分の自分なので名取へは影響ないはずだが。
 的場ごと、自分の体の自分の方へと戻る。一度、的場を完全に取り込まなくてはならない。
 本来なら、一度封印を解いて妖から的場を助け出して体に戻す方法がとられる。 しかし、的場抜きではこれほどの妖を封印しなおすことも、救出することもできない。
 人の『内』は深い、深いところでつながっている。外に出すのではなく、内側から引っ張り出す。普通ならできないが、 たまたま、的場の中に名取がいたので、できるのだ。
 妖が抵抗している。逃すまいとしている。相手の精神を制するための呪を唱える。内側からの攻撃に、妖が驚き、 苦しんでいる。毒気がひどくなる。2人分の意識を自分の中に引っ張ってくる。的場ほどの呪術師を取り込むのは、 かなり負担だ。名取の中が欠けていなかったら、2人分は無理だったろう。
 昨夜のことがちらりと頭をかすめる。集中しなくてはいけない。 そちらを無視して、的場と、的場に同化した分の自分を、名取の中にひきずりこんだ。
 成功した。壺から、名取の中に2人とも移れた。ひどく意識が圧迫される。的場を解放するための祭文を、途切れ途切れに、 なんとか唱えた。するりと、名取から抜けていく。更に、本人の体に収まるように祭文を続ける。 無事に的場は、的場の中に帰った。
 目を開くと、的場一門が固唾を飲んで見守っていた。
「戻りましたよ」
 言うと、そろって息をつく。的場は、まだ眠っていた。
「多少食われたようだけど、的場さんのことだから大丈夫でしょう」
 名取は、体が痛まないようにそっと立ち上がった。
「約束は守って下さいよ?」
 気が抜けた様子の七瀬が、的場を見たまま頷いた。

「すみません、お待たせしました」
 境たちのところに戻ると、小谷がむくれていた。
「手足が一、二本ふっとぶんじゃなかったのか?」
「飛ぶわけないでしょう? 私は玄人ですよ、残念ながら」
 安藤と境が、安心顔で息を吐いた。
「命に関わるとかいうから、なんかとんでもないドタバタが起こるのかと思った・・・・・・」
 安藤が、青い顔で言った。
「まあ、本来ならそうでしょうけど。今回のは特殊な例ですよ」
「おまえ、いつもそんな荒っぽい仕事してんのか? こういう静かなヤツじゃなく?」
 境が訊いてきた。
「そうですねえ。まあ、強盗を捕まえるおまわりさんみたいな感じですよ。相手が非力ならあっさり片付くし、 銃でも持ってたら殉職しかねませんね」
 言いながら、名取は先頭切って戻ろうとした。が、女将が呆けて名取を見上げながら通路を塞いでいた。
「驚かせてしまいましたか?」
 にこやかに、俳優名取の煌きを振りまく。はっと、女将が我に返って、急に真っ赤になった。
「あ、あの、ご、ご案内いたします」
「よろしくお願いします」

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