表の仕事を再開する前に髪の色を前と同じに戻しに行くと、予想通り美容師にいい加減に染めたと怒られ、きらめきを飛ばしまくってなんとか宥めて戻してもらい。
後回しになっていた探偵ドラマの宣伝用写真撮影を境とこなし、更に台本読みをして表の仕事は終了。
マネージャーの安藤が現れて、小谷出演の月末放映予定撮影済み二時間ドラマを、名取で撮りなおすことになったと台本を渡された。
撮影は明後日一日だけだという。
主要人物だが、単独シーンが多く、他の俳優と絡むシーンが少ない上に、主役の男女がまだ売り出し中でスケジュールが空いていたのでなんとかなったらしい。
実際、小谷の演技のせいで雰囲気ぶち壊しで作品としてはほとんど投げていたらしく、逆に張り切って撮りなおす気でいるという。
期待に添える演技を見せねばなるまい。事務所のためにも。
夕飯を食べに行こうという境の誘いを断ると、ちゃんと食ってるのか、と確認された。
「食べてますよ。外食や弁当はまだ無理ですけどね」
食欲は相変わらずない。が、病院通いはもういやだったので、朝は少し雑炊を作って食べた。昼は抜き。
会合に出かける前に朝の残りを食べて、和服に着替えて出掛ける。
明日はオフだが、台本を読み込んで人物を作らねばならない。
的場の忠告もあるしで、会合はほぼ顔出しだけで帰るつもりだった。
顔出しだけとはいえ、名取が体を壊したことは知れ渡っていたので声を掛けてくる者も多く、それなりの滞在時間になってしまった。
ひどく疲れた。
的場とも一妖祓い人としてだけだが、わずかに言葉を交わす。
さて帰るか、と会場の屋敷を出ると、遠州屋と呼ばれている差配屋が先を歩いていて、振り返った。
「名取か。もう帰りか?」
「ええ、病み上がりですので早々に引き上げますよ」
遠州屋は、昔は霊媒師として活躍していたらしい。
今は、方々からの依頼を適した能力者へと仕事を回す仲介人。
霊が相手なら霊媒師へ、妖が相手なら妖祓い人へ、と。
なので、妖祓いの会合にも姿を現す異業種の人間だった。
なんとなく、2人は並んで森を歩いて行った。
会話はない。
かつて妖祓いの名家であった名取家の名を若い身で背負う名取のことを、若様と冷やかして一筋縄ではいかない仕事を回してくるのは、元妖祓い人の差配屋だ。
遠州屋は、名取に仕事を回してくることもあるが、妖祓い人上がりの差配屋ほど性質の悪い仕事は回して来ない。
どちらかというと、年相応能力相応の、難易度は高くはないが低くもないというほどほどのものを回して来る。
依頼人にも仕事師にも誠実な、差配屋だった。
森の出口が近づいた頃、遠州屋が口を開いた。
「うん、やっぱりお前さんに選んでもらうかな」
と。
「なんです?」
「うん」
遠州屋は、歩調を変えず前を向いたまま語りだす。
「実はこれから、ある霊媒師の仕事を見に行くんだ」
仕事ぶりを見て、今後仕事を回すか決めるのだという。
その霊媒師は、元的場の家の者なのだと。
「それで、ご当主に断りを入れて来たんだが『彼はお役に立てますまい』と言われてしまってな。まあ、約束だから見には行くんだがね」
ただし、相手には行けなくなったと言ってあるのだという。抜き打ちテストというわけだ。
「的場家をクビになった男なわけですか?」
「いや、出奔したらしい。ご当主の傍にいたお付き連中の様子からすると、迷惑をかけられたようだな。まあ、私も的場家を敵に回したくはないし、見には行くが仕事を回すのはやめようと思うんだが」
遠州屋は、足を止めて名取を見る。
「今日のそやつの仕事の現場に、取材が来ているそうだ」
「取材?」
名取は、眉をひそめた。ミステリースポットとか超能力者を出して騒ぐ番組だろうか?
「さっき電話で聞いたんだが。準備をしていたらどこで聞きつけたのか見学したいと、隣の宿で撮影をしていた連中がやってきたので取材がいる、と。それが、CM撮影に来た立花という有名監督だと言っていたんだよ」
「・・・・・・」
名取は、天を仰いだ。やはり、予告なしの湖での祓いや年末の小物の妖祓いでは満足できなかったのだろう。
とはいえ、そんな現場に素人が・・・・・・。
「タクシーで一時間はかからないだろう。一緒に行くかい?」
「・・・・・・お供させて下さい」
苦々しく言いながら、我ながらお人よしだな、と名取は思った。