霊媒師の仕事というのは、見たことがないのだけれど。
これは、イカサマ師だろう。
名取は、一目でそう思った。
どこぞの大企業の会長の別荘だそうで、アリ一匹入る隙間のない外観だったが、裏門脇に警備員が詰めていた。
霊媒師の手伝いに呼ばれたと遠州屋が言うと、穢れた者でも見るような視線を投げて、黙然と通用口を通してくれた。勝手に行けということらしい。
名取は、眼鏡に深々と帽子をかぶっていたが、中に入ると帽子をとった。
「私は、隠れていますよ」
懐から、面を出す。
「私も隠れていたいな」
遠州屋がそう言うので、同じ面を渡した。
目元を隠すだけの和紙製の面。正面には『目』とだけ。
これで、妖の気配を得ることができる。
火によると思われる明かりの見える方へ移動しながら、二人は人としての気配を落としていき、面による妖の気配へと隠れた。
木々の間から現場が透かし見える辺りからは低木に身を隠しながら近づいて行く。
名取は、大勢固まっている方へ。遠州屋はその反対側へと最終的に身を潜めた。
護摩壇が置かれ、炎の前で黒い和装の男が座して経を詠み続けている。
的場の所にいたというが、それ以前に仏教の修行をしていたのだろう。独立開業するために妖祓いも身に付けようとして入っていたのかも知れない。
男からほんの三メートルほど下がったところに、撮影隊が固まっていた。
見覚えのある顔ぶればかり。間違いなく、立花組だった。カメラの脇には立花が座っているし、遠くからマイクを掲げているのは片桐だ。
名取は、彼らのすぐ斜め後ろに立った。
人には、今の名取の姿は見えない。霊媒師は、背後の人々の気配にまぎれる小物の妖の気配には気づけない。
名取は、向こうの木の陰に立つ遠州屋を見る。わずかに面を上げ、遠州屋が頷いて見せた。
的場の話がなくても、これでは仕事を回せない、という意味だろう。
護摩壇と男の間にある壺が、除霊対象なのだろう。男のすぐ後ろに並べた椅子に座る3人の男女は、おそらく依頼した家人。
その3人には、わずかながら守護の気配があるが、撮影隊にはそれがなかった。
「主さま」
名取の後ろから、少女の声が聞こえた。柊だ。
今日の台本読みに、立花はいたが片桐はいなかった。こちらの準備に来ていたのだろう。
「あの男、100年ほど前の妾の『怨霊』を壺を割らずに落とすと説明していましたが、あれは妖です」
「そのようだな。かつて封印された壺を、封印を解いた後も住処にしているというところか。確かに、割らずに出すことはできるだろうが・・・・・・」
名取は振り返りもせず、柊に応じる。いつものように。
壺の居心地が悪くなれば、霊ではなくとも出てくるだろう。封印は解けているのだから。
ただ、出て来たあとその妖がどういった行動に出るのか、予測がつかない。
どの程度の妖なのか。名取は気配を読む。
中の上というところか。あまりいい気配ではない。
なのに、撮影隊にはわずかな結界も用意されていない。不親切という言葉では片付かない。術師の仕事として、拙い。
こんな奴に依頼を回していては、差配屋の信用が落ちる結果になるだろう。
おそらく、遠州屋が今夜来るとわかっていればそれなりにやったのだろうが、行かないと言われるや、手を抜いたのだろう。おそまつすぎる。
的場にいた男か・・・・・・。
あの晩。術のために的場と同衾したあの晩、何人もの的場の部下と接した。
面をつけていた者もいた。あの中にこの不真面目な霊媒師はいただろうか?
急に、辺りの気配が変わった。
撮影隊が息を呑み、霊媒師の声音に緊張が走る。
壺が、ガタガタと動きだしたのだった。