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人と人

 名取は、少し下がったところに開けた場所をみつけ、植木の陰にあった植木鉢に刺さっていた細い竹を借用し、札を刺してすばやく陣を描いた。
 封印の壺の類は持って来ていない。ならば、出てきた妖を封じるのではなく、滅するしかない。
 現場は浮き足立っている。依頼人たちが席を立ち、年配の女性がおびえて何かわめいているのを、男が大声でいさめている。
 壺は踊るようにぐるぐると台の上を回り、霊媒師は声を張り上げて気合を投げている。
「瓜姫、笹後」
「「はい」」
 2人は、速やかに顕れた。
「指示するまで手を出すな。柊も」
「彼らはどうします?」
 柊が、撮影隊を示す。
「逃げろと言ってきく連中じゃない」
 台から、大きな音を立てて壺が跳ね上がった。その壺から、妖が飛び出してくる。人の形に似ているが、人の三倍はでかい。
 霊媒師が、中身が抜けて落ちてきた壺を受け止め、すばやく依頼人たちの方へと逃げた。
「きぇ〜〜〜ききき〜〜〜〜ぃ〜〜〜」
 奇声を上げて、妖が宙を踊っていた。
「大丈夫です、壺から霊は落ちました」
 霊媒師は、何食わぬ顔で1人だけ落ち着いている依頼人に壺を渡した。
「あとは、除霊しますので、これをお持ちになって家の中へ」
 あくまで、霊媒師の仕事として通すつもりらしい。
 一応の備えはしたので、名取は小物の妖の気配を維持したまま、撮影隊のそばの木陰に身を隠した。
 遠州屋が、するすると家人の後を追って行くのが見えた。霊媒師は妖に気をとられて気づいていない。
 妖は、住処の居心地を悪くした男をみつけると、奇声を上げて襲いかかって行った。
 霊媒師は、呪を飛ばそうとし、攻撃を避け、呪具を投げつけ、早い話右往左往して逃げ惑っていた。
 撮影隊は、撮影を続けている。
 霊媒師が妖を避けるために護摩壇に体当たりしてしまい、火の粉が散った。
 妖はその護摩壇に突っ込むようにして再び攻撃を仕掛けてくる。
 霊媒師はもはや、体裁を取り繕うこともできずに、護摩の火をかぶりながら逃げていた。
「わあっ」
 ついに妖の巨大な手につかまり、霊媒師は宙に連れ出された。
 カメラが、その姿を追っている。
 名取は、ただ見ていた。
 ふいに、袖をつかまれた。
 つかむ手の方を名取が見ると同時に、面がめくりあげられた。
 とても低い位置から、背伸びをするように面をめくったのは。
 先ほどまで撮影用マイクを構えていたはずの、霊感娘だった。
「あっ」
 霊感娘片桐の行動を目で追った撮影隊員が声を上げる。
 面をめくられたおかげで、名取の姿が人の目に映るようになったのだ。
「・・・・・・困りましたね。みつかりましたか」
 名取は、面を横にずらした。
「あなた、見てないで、助けなさいよっ!」
 小さい巫女が、首を真上に向けるようにして名取に言う。
 名取は、首をかしげてみせた。
「さて。彼がそれを望みますかね?」
 妖は、霊媒師をつかんだまま屋根ほどの高さをぐるぐると舞っていた。
 おそらく、弱るのを待って、食うつもりだろう。
 そうして、元の壺に戻る。
 だから、この場を離れないのだろう。
 霊媒師は、すでに為す術を失い、半ば気を失ったように振り回されていた。
「まあ、食われるのを見る趣味はないので、そろそろ助けますか」
 名取は、すっと、妖の方を指差す。
「笹後」
 命を受けて、笹後が宙を駆ける。
 名取は、描いた陣へと向かう。
「柊」
 撮影隊の警護は、柊へ任せる。
「瓜姫」
 笹後に襲われ、妖の手から落ちて行く霊媒師の救助に、瓜姫を向かわせる。
 名取は、陣のふちに立った。
「天に住まう者地に住まう者これ互いに相容れず。されど繋ぐは光明なり。光なり。天地を結びしは雷(いかずち)なり」
 瓜姫が霊媒師を宙で受け止め、地上に降ろす。
 笹後が妖を絡めとり陣へと移動してくる。
「地の者と天の雷、顕しませ」
 妖が、陣の真ん中へと投げ落とされる。
「地、縛」
 陣が、妖をとらえる。
「天、地に結べ」
 強く、両の手を打ち合わせた。
 カッと、周辺が光に満ちた。
 激しい音と、まばゆいばかりの光。
 誰も目を開けていられない、一瞬の間。
 突然の落雷。
 名取は踏みとどまれずよろけたが、立ち木に背が当たり、倒れずに済んだ。
 光が消えた後に、妖の姿はない。もとより、撮影隊は霊感娘以外、妖の姿は見えていなかったろう。そして、カメラも・・・・・・。
「うわあっ」
 複数の悲鳴が、撮影隊から聞こえた。
 彼らの悲鳴は、落雷そのもののせいではない。
「き、機材、無事か〜〜〜っ!?」
 おそらく、この除霊騒動のデータはパーだろう。
 雷を選んだのはわざとではないが、わざわざデータ保護のために別の手段をとってやろうとまでは思えなかった。
「な〜〜と〜〜り〜〜〜」
 間近での落雷に腰をぬかした風に椅子から転げ落ちた立花が、恨めしげにうめいている。
「これだけ派手なら、満足できましたでしょう? 監督」
 きらめきをとばしながら、にっこりと言ってやる。
 自業自得だ。
 それから、名取は立ち木を背に、ずるずると腰を下ろした。
 ・・・・・・疲れた。
 とても。

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