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人と人

 崩れて燃える護摩壇のそばに、霊媒師は座り込んでいた。
 火のせいで、周囲は明るい。
 立ち木に寄りかかり座る名取の顔にも、火の明るさが届く。
 それほど近くに、彼はいた。
 大騒ぎに突入しかけた撮影隊も、その場の気配に沈黙し、動きを止める。
 腰が立たずに両手をついてようやく座っているような有様の霊媒は、すさまじい形相で間近の火に照らされていた。
 彼が睨みつけている相手は、名取だ。
 名取は、立てた片膝に片腕を置き、頭を木に支えさせたまま、ただ表情もなく相手を見返していた。
 その両脇に、瓜姫と笹後が立つ。
 強烈な敵意を感じて。
 柊は、撮影隊と霊媒師の間にいる。
 片腕を、背に負う刀の柄にやったまま。

 霊媒師は、歳は40前後に見えた。
 23歳の名取など、ちやほやされているだけの若造に過ぎない。
 そう思っていただろう。
 けれど、その若造の目の前で失態を演じ、あげく救われて。
 憤るよりほかに、ズタズタになったプライドを保つ方法がないのだ。

 礼を言うどころか殺意を向けられても、名取は動じない。
 ・・・・・・よくあることだ。
 自分にできないからと受けなかった仕事を名取が解決すると、蔭で名取を貶めようと動き出す。
 表向きだけのたわいない会話が少々あるだけで、あとはやっかみや陰口ばかり。
 時には、露骨に絡んでくる連中もいるし、ひそかに呪いを送ってくる連中もいる。
 きっとこの男も、この場で悪口雑言の限りを尽くすか実力行使に出るか、もしくはとりあえず大人しくひいて後で色々仕掛けてくるかのどれかだ。
 どれで出てくるかなと、ただ、名取は待っていた。
 霊媒師が、低くうめくように何かを言った。
 名取の耳までは届かなかった。
 夕べの的場の言葉を思い出す。
 音が遠い。
 ただでさえ妖祓いは気力体力を使うのに、まだ完全に回復しきれていない名取には、妖を滅ぼす術は負担が大きすぎたらしい。
 霊媒師は、悪口雑言のパターンを選択したらしく、断片的には話が届いた。
 どうやら、的場と同衾した時に会った部下の1人だったらしく、何やら下劣なことを言っている。
 的場一門の当主に組み敷かれて悲鳴を上げていたとかあえいでいたとか言われているようだが、それを言ってなんになるというのか。
 そういえば、立花組がいたな。
 彼らに聞かせて、名取を辱めようということなのか。
 名取に反応がないのにじれたのか、霊媒師は近くにあった護摩壇から落ちた呪具を拾うと、それを名取へ投げつけてきた。
 笹後がはじきとばしたので、名取には届かない。
 他の男の声がする。霊媒師が撮影隊にも何かを投げた。
 柊が、刀を抜いてそれを叩き切った。立花が何か口を出したらしいが、目の前で砕け散る呪具を見て黙り込んだようだった。
 霊媒師が、再び名取を憎憎しげに睨む。
 名取は、――――笑んだ。
 唇の片方を上げるだけの、笑みだった。
「な、何がおかしいっ!」
 少し休んだせいか、今度はちゃんと聞こえてきた。
 名取は木を支えに、着物をはたきながら立ち上がった。
「どうやら怪我を心配する必要はなさそうですね。ずいぶん元気で」
「なっっ!」
「余計な手出しをしてしまったようですね、お詫びしますよ。申し訳ありません」
 名取は、眼鏡を押し上げながら言う。そうして、周囲を見回してみる。
 人間は大勢いるが、名取の式以外に妖の気配はない。
「とはいえ、一言言わせていただけるなら、今後は妖は妖祓い人にお任せいただきたい」
「お、俺は的場のところでも修行して来た! お前みたいに妖しか祓えないのとは違う、俺は霊も妖も相手にできるんだよっ」
「できたと言えるんですか? あれで?」
 霊媒師は、こぶしを握り締めて黙った。
「おっしゃるとおり、妖祓い人は霊を祓わない。それは霊媒師の仕事ですからね」
「そう、妖祓い人か霊媒師か。他の呪術師か。どの仕事師に依頼するかはわしらが見極めるのさ」
 はっと、霊媒師が声のした方を見る。そこには、いつのまにやら遠州屋が立っていた。
「依頼された仕事に責任を持つのも差配屋だ。仲介料はいただくが、きちんと仕事してくれる仕事師にしか仕事は回せん」
 霊媒師は、急に気力を無くしたのか、肩を落として萎んでしまった。
「差配屋が仕事を回せるかどうか見に行かないと聞いた途端に料金を10倍に跳ね上げ見学者に結界も張らず霊媒師の仕事ではない妖祓いに手を出したあげく周囲を危険にさらして」
 遠州屋は、霊媒師を見もせずに名取の方へと歩いて行く。
「手を貸してくれた祓い人に礼を言うどころか、大した態度だな」
 名取の脇に立って初めて、遠州屋は霊媒師を振り返る。
「追加料金を払う必要はないと依頼人に教えて来た。次からはどこへ依頼すべきかもな。前金で払いすぎた分は、預かり金から返しておく」
 差配屋に差配を依頼するための預け金というものがある。
 名取のように実力がわかっている者は必要ないが、能力がはっきりしない者が、その能力を見に来てもらうための依頼料のようなものだ。
 その金は、こういう事態が起きた時にはその収拾のために使われることになる。
「お前に仕事を回す差配屋はもはやおらぬよ。その半端な力に頼らず、寺に入るなり他の仕事につくなりするがいい。今回の金で支度するがいいさ」
 遠州屋は、名取の肩を叩く。
「助かったよ。行こう」
 打ちひしがれている男をもはや振り返ることもせず、遠州屋はずらしていた面を戻した。
 名取は、ちらりと立花組を見やる。
 彼らは、霊媒師と名取らとを見比べるようにしていた。
 名取も、面を戻しながら、遠州屋の後に続いた。
 立花組には、これでもう、2人の姿は見えない。霊感娘を除いて、だが。
 特に誰も追ってくる気配はなかった。
 出口付近で面を外し、門を通してもらう。
 少し塀に沿って歩いていると、乗ってきたタクシーが脇に停まった。帰りも必要と見込んで、近くで待っていたらしい。
 東京の部屋の近くの大通りまで送ってもらって、名取はまだ暗いうちに自室へと戻ってきた。
 シャワーを浴びて、罵倒も何もすべてを洗い流して。
 後は髪を乾かす余力もなく、ベッドに倒れ込んだ。

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