「私は大吟醸の方がいいですよ」
「私はにごりの方がいいですね」
緑色の輝きを放つ美麗な酒瓶と、透明なガラスのお猪口とを前に、狭い一室でコタツを囲んで主張しあっているのは。
大吟醸派の的場と。
にごり酒派の名取。
同じ酒造会社の酒のどっちがいいか、飲み比べ中。
「いえ、私も大吟醸は好きですけど、このにごりは格別ですよ」
「私はにごりも好きですけど、比べるならこっちの方がいいです」
互いにゆずらず。
「ふーん。じゃあ、まあそういうことで」
「はい」
それぞれ、自分が気に入った方の酒を手酌でついで。
あとはあまり会話もなく・・・・・・。
季節は真冬。
雪のバレンタインデー。
そんなロマンチックな一夜を、6畳和室にベッドとコタツを詰め込んだ狭いアパートの一室で男2人で迎えているという、世間とのギャップについては2人とも気にしていない。
片や今をときめく人気俳優。
片や呪術師集団的場一派の当主。
ともに、バレンタインに浮かれて外で女とデートしていられるような立場にはないのだ。
的場がふらりと名取の部屋に遊びにくるのは、これで何度目だろう。
近頃、俳優の仕事が忙しくて家に帰れず、この部屋に泊まることの多い名取であるが。
同じように的場が東京の部屋に泊まるとき。
するりと、紙人形がドアを抜けてくる。
曰く。
『少し時間ありますか』
一応、こちらの仕事の都合を気にしてくれるようなので、名取は遠慮なく、明日早いから、寝不足だから、などと言って断ることもあるが。
なんだかんだと、こんな訪問が週1ペースで続いている。
約束どおり、あれ以来、的場が名取の体を求めてくるようなことはない。
一度会合で会ったが、その時はお互い、ただの呪術師としてわずかに言葉を交わしたのみで。
ただ、この部屋の中でだけ、まるで友人のように過ごす。
来る時間や名取の翌日の予定にもよるが、的場は遅くとも1時過ぎには帰って行く。
長くても、3〜4時間。
そんなつきあいが、この2カ月ほど、続いていた。
その間に、なんとか年末年始の大忙しをやり過ごし、奉納演武会にも出、急遽代役で増やされた分と探偵助手の役との連ドラ2本の撮影や、それに伴う取材や写真撮影、そんな中に舞い込んでくる妖祓いの仕事もこなしつつ、名取は、順調に体調を回復させていった。
未だに肉を食べるのには抵抗感があるが、体はほぼ、以前の状態に戻った。
色々あったので、酒を飲むときに口を開くと愚痴が出そうになるので、名取はあまり話さない。
的場も、いろんな人や社会の裏側を見る羽目になる仕事柄からか、ほとんど話さない。
必要最低限の事務的な会話と。
必要最小限の酒や季節的なものについての話。
酒はもっぱら日本酒で。
名取が、みはしら様用に酒を入手するときに余分に買っておく分が主だが。
的場がもらい物を持参してきたこともある。
つまみはなし。
しんしんと雪が降り積もるのが、カーテンの向こうから聞こえてくる音でなんとなく、わかる。
東京の街の外れの、さまざまな音が遮られて。
カーテンを開けても、窓が結露しているだけで外が見えるわけでもないので、わざわざ開けないけれど。
名取は、的場が帰るときにドアの外を見てみようと、ひそかに楽しみにしつつ。
にごり酒の瓶を傾けた。