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神と妖

「わかったぞ。弱小誌だ。タチの悪い、な」
 社長室に入るなり、名取の所属する芸能事務所の社長が言い放った。
 すでに、事務所筆頭役者の境が応接ソファに座っている。名取はマネージャーの安藤と共に、その向かいにおさまった。
 話は、来るまでの車中で安藤から聞いている。
 名取が倒れたペンションでの撮影の時、現れた七瀬から境が情報を入手した、名取の呪術師ネタがマスコミに売られたかもしれないという話。
 それが、はっきりしたのでその対策のために、休みに入っているはずの名取が急遽呼び出されたのだった。
 安藤は、何か言うことはないのかと、名取を見る。
 名取は、誰を見るでもなく、ぼんやりしていた。
 まだ、みはしら様に取り込まれた後遺症が残っているのだ。意識がまだヒトに戻りきれていない。
 時々、頭がスパークして真っ白になる。そうなると、しばらく外界の音や声が聞こえていても、反応することができないのだ。
 少し様子がおかしいのはわかったが、原因がわからない安藤は、単に病み上がりで体調が万全ではないのだろうとしか思っていなかった。
 現に、名取は車中で、安藤の話を聞くと、懐から出した紙に何やら書き付けて、窓から出していた。
 あまり呪術師らしいところを見せることのない名取だが、その正体を知っている安藤らの前では、そういった紙人形のやりとりを隠さず見せることがたまにある。
 何を飛ばしたのか尋ねても、名取は応えなかったけれど。
「安藤から聞いたかな」
 境の隣りに座りながら社長が訊くのにも、返事はない。ただ、視線が動いた。社長はため息を落とす。
「弱小誌だが、自己主張の強いところで、多少の抗議では記事を取り消すことはなさそうだ。出版部数もたいしたことはない。ただ、今はすぐにネットで話が広がるからな」
 少しずつ、名取は自分の意識を取り戻していく。稽古で打撲した指の痛みを感じた。知らず、指を動かしたらしい。それで、ようやく自由が利くようになる。
 こんなことがしばらく続くのかと思うと、ため息をつきたくなる。が、その余裕はない。
 あまり人前にいたくないな、と思いながら、名取は口を開いた。
「ご迷惑、おかけいたします」
 頭を下げて。
「内容はまだはっきりしないんだが、あの七瀬という女の言い分によれば、お前が呪術師だという件と、的場家の当主と特別親密だという話が出るのではないか、ということだったが。実際のところ、どうなんだ?」
 呪術師だということは、ここにいる3人は元々知っている。世間は知らないけれど。尋ねた境が知りたいのは、当主との関係、だ。
 真実か否かで、取るべき対処が異なることもある。
「特別親密、ねえ」
 早い話、体の関係があるかどうかということだ。
 的場の家でのことは、陥れられた結果だ。
 名取のアパートでのことは、完全に同意の上だったが。
 あれはただ、人に触れることによって癒されたいという思いと、みはしら様の反発を招いた己を戒めたいという思いとが、的場を招く結果になっただけ。
 別に、同性愛に目覚めたわけではない。
 名取は、あえてその部分は無視することにした。
「年は近いけれど、立場が違い過ぎます。直接の連絡手段も知りません。秘書の携帯番号くらいは知っていますが」
 3人は、その返事には納得いかないらしく、沈黙で先を促している。
「まあ、ああいう雑誌は、様々な方面の人間が事前に情報を得ようとして、場合によっては抑えようとするものですから。大丈夫ですよ」
 名取は、正直心配していなかった。多少の代償は必要かも知れないが、おそらく、その記事が世に出ることはない。
「・・・・・・どこか、抑えるアテがあるわけか?」
 社長が言う。
「まあ、まずは相手方の方。内部から出奔した人間が情報を流したんでしょう? メインはそちらの仕事の話でしょう。私のことはおまけですよ」
 不審な事例の回答をいくつも持ち込んでいるかもしれない。誰々や誰々が負の方へ向かった原因は彼らだ、と。その交友の範囲の説明に、名取も入れられただけだろう。
 表の世界で煌めく人気俳優の名取について、呪術師だという話と、的場当主の愛人だとかそういった話を両立させつつ的場家について記事を書くのは難しいはずだ。
 あまりにも、世間にイメージされている名取とは、かけ離れている。疑いをさしこませる余地が少なすぎて、記事全般の真実度を下げる効果しかない。
 まあ、記者がどう頑張ろうと、無駄に終わることは確実だ。
「多分、放っておいても勝手に抑えて、恩を売ってくるのが出てくるでしょうしね」
 くすりと、名取は笑う。
「相手方の方にか、私の方にか。それとも両方か。我々の仕事は正規のルートを持っています。それはね、半端なところからはたどりつけないルートなんですよ」
 そこらの個人が家に困ったことがあるから、と呪術師を頼ろうと思ったところで、中途半端な怪しい霊能者に引っかかるか、身近な縁のある神社か寺に頼むことしかできない。
 神社や寺で実際に力のあるところにあたればよいものの、無力なところもあるし、いい加減な霊能者にいいようにされてしまう確率は高い。
 名取らのような本当に力のある呪術師に仕事を斡旋する者とコンタクトを採るには、それなりのルートがあるのだ。
 ある程度以上の権力者や、昔ながらの土地の有力者など。
 仕事を斡旋する者は、そこから受けた仕事を、適した呪術師へとまわす。妖に長けた者、霊に長けた者、呪いに長けた者・・・・・・。呪術師にも、色々種類があるのだ。
 なんでもござれな霊能者は、まず偽者と思って間違いない。
 現に、名取はこの目の前の社長とその仕事で出会った。社長は、それなりのルートを通じて依頼しているはず。だいたい、わかるだろう。
「・・・・・・なるほど?」
 社長は、半分あきれたように言った。
 そこに、ノックが聞こえた。
 社長の応答に、事務所の事務員が顔を見せる。
「あの、名取さんにお電話なんですけど」

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