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神と妖

「誰から?」
 社長が問う。普通、俳優あての電話はファンからのもので、つなげることはありえない。
「それが、××大臣秘書の、橋本さん、と名乗られているんです。心当たりありますか? 名取さん」
 社長が名取を見る。名取はにまりと笑んでみせる。つまり、こういうことなのだ。名取は、事務員に薄く笑んで、つないでください、と社長の机の電話を指差した。
 境が、事務員が消えたところで口笛を吹いた。
「大臣秘書ってことは、大臣そのものが客かい?」
「・・・・・・守秘義務ですよ」
 名取は立ち上がり、鳴り出した電話を取った。
「お電話代わりました、名取です」
 3人に、あちらの声は聞こえない。名取は、余裕の声で応えている。
「ええ、そうです、同じ名取ですよ。その後はどうですか?」
 相手は、以前会った呪術師名取と俳優名取が同一人物なのかと確認してきたらしい。
「ああ、その件ですね。一応、情報は入っています。それで、どうしようかと事務所に呼び出されて来たところなんです」
 どうやら、名取の言う通り、恩を売るための連絡であったらしい。
 後は、何か交換条件をつけられた様子がわかるのみで、話はうまくまとまったらしく、5分ほどで名取は受話器を置いた。
「そんなわけで、記事のページはどっかの広告に化けることになるようですよ」
 3人は、がっくりと派手にため息を落とした。
「! 名取っ」
 ソファに戻ろうとした名取が、急に額を押さえて膝をついた。ちょうど脇にいた境が、飛び出して倒れかけた体を支える。社長と安藤も、腰を浮かせた。
「大丈夫か?」
 名取は、境に運ばれてなんとかソファに座ると、肘掛けに突っ伏してしばらく動かなかった。
 考えてみれば、まだ病み上がりなのだ。安藤が毛布をとりに飛び出して行き、社長がその背に水も持ってきてくれと声を投げる。境が、熱や脈などを確認した。
 名取は、一瞬、頭で白い光が炸裂して、何もわからなくなった。
 一時的に意識が途切れた。みはしら様に取り込まれていたときの感覚が戻ってくる。
 あまりの光の量に、すべてが白い。意識があってもないも同然の、ほんのかけらとしての形さえも保てないようなその世界。
 ただ、あるだけの。
 ふと、意識が我に返る。名取は、自分がソファの肘掛けにしがみついていることに気づいた。
 あの世界への行き来の過程。
 行きの、官能の極みをはるかに超えて持続する、歓喜とも淫靡ともつかない超絶的な高みの感覚。
 そして、急激な瞬間的な落下の感覚と戻ってきたという安心感が広がる戻りの感覚。
 その行き来を省いたあの場の感覚だけが、時々、名取を襲う。今のは、随分強烈だった。
 夏目が、道場で自分を覗き込んできた。
 夏目の話から、眠って起きては道場で稽古をし倒れて寝てはまた起きて稽古してぶちのめされたりしていたという。
 そうして、じょじょに意識がヒトに近づいてきて、はっきりと名取として意識を取り戻すことができたのだろう、と。
 まだ、眠りが必要なのだろう。多分。
「名取、大丈夫か? 横になれるか?」
 誰か、男の声。社長室で3人の男と話していた。でも、誰の声かわからない。まだ、正常じゃない。閉じた瞼に、また光が見える。
「す、みません。ちょっと、仮眠室、寝させて・・・・・・」
 なんとか、息がこぼれるような声で言うと、立てるか、と、力強い腕が名取をソファから起こした。そのまま、背負われる。ああ、境だ、と名取は思った。
 いくら病み上がりで体重が落ちたといっても、他の2人では上背があり筋肉質の名取を背負うことなど、なかなかできない。
 境には、借りばかりがある。前の的場を助けた時の移動の車でも、ペンションでの撮影の間も、ずいぶん助けられた。
 境のような男には、妖がつけこむ余地はない。彼に恩を返す手段はない。頼らせるばかりの、大先輩。
 名取は、仮眠室のベッドに下ろされて、目を開けることもできず、介抱されて布団を掛けられて。
 傍に境の存在を感じながら、眠りに落ちた。
 ただの、ヒトに戻るために。

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