誰かが、呼んでいる・・・・・・。
名取は、深い眠りから浮上する。
「主さま」
柊の声。
「約束の時間が近いですよ」
目を閉じたまま、言葉の意味を探る。約束?
なんだっけ? と、薄目を開けた。
ここはどこだ? と思うと同時に、事務所の仮眠室だと気づく。
何故仮眠室に? と辺りを見回しながら、社長室で倒れたことを思い出した。
「一時過ぎですよ、主さま。電話で、依頼人が一時半に迎えに行くと言っていましたよね?」
そうだった。
名取は、はっきりと目覚めて、体を起こした。
「大丈夫ですか?」
遮光カーテン引かれた薄暗い部屋の中、額を手でこすって様子を見る。ふらつく感じはないし、頭痛などもない。
「・・・・・・ああ」
手櫛で髪を直して、ベッドを出る。立ち上がっても問題はない。
事務室に出て、事務員から、社長らは更に来客が来たので出前をとって社長室にいると話を聞いた。来客は、監督の立花だという。名取は、社長室をノックした。
返事があって、中をのぞくとさっき名取が座っていたソファに、サングラスをかけた立花が増えていた。
「おう、名取。まだ治んねえのか?」
ストレートに訊いてくる。マネージャーの安藤が席を譲ってくれたので、名取は立花の隣りに落ち着いた。
「前のは治りましたよ、体はもう大丈夫。今日のはまた別件なんです」
「ほう?」
「まあ、色々ありまして。撮影開始までには治しますんで。先の撮影では大変ご迷惑を・・・・・・」
そういえば、ペンションで倒れて以来だったと思い出し、席を立って詫びを入れる。立花はうっとうしそうに座れと手を振った。
「何、撮影は満足だったよ。やきもきしたがな。でな、次の映画の依頼に来たわけさ。呪術師役じゃあねえぞ、婚約者に死なれた色男役だ。が、助言は貰いたい」
名取が社長とパイプ椅子に座った安藤を見ると、お前次第だ、という顔が返ってきた。名取は笑う。
「是非、やらせて下さい。お願いします」
俳優名取の煌めき付きで頭を下げる。あまりの煌めきに、立花が身を引いた。
「おいおい、そのオーラ全開状態はなんなんだよさっき倒れたばっかじゃなかったのかよ?」
「すみません、今回はこれが問題なんです。加減できないんです」
にっこりと笑って更に煌めきをばらまいてやる。神々しいばかりだ。素人でも、光って見えそうな状態である。
名取は、いっそばらまいて拡散して治すのも手か、と考える。仕事関係の男どもにばら撒く分には無害だろう。ファンの女性陣にやったら卒倒する者も出るかも知れないが。
「で、助言とは?」
「おうよ。だから、呪術の現場がまず見たいな」
「・・・・・・今日はこれから時間ありますか?」
「暇だからこんなとこまで自分で来てんだよ。今日はなんもねえ」
名取は時計を見る。一時二十分。
「じゃあ、これから一仕事あります。つきあいますか?」
「おう、望むところだ!」
「今から見ること聞くこと他言無用です。一切の質問も禁止です。必要だろうという説明はこちらが勝手にします。相手方との会話は禁じます。それでもいいですか?」
「承知した」
社長らが、心配そうにうかがっている。名取は、窓を見る。紙人形が隙間を抜けてくるのが見えた。
ひらひらと、名取の方へやって来る紙人形。形からして、的場家のものだ。普通の人間には見えない術が施されている。
名取は、それを手に受けた。
その動作に、一同がその手を見る。手に握られて初めて、その場の者たちにも、紙人形が見えた。名取は薄く笑う。
「的場家でも、記事に対処するようです。以後、このネタにあの雑誌は関わらないでしょう」
政治家方面からの圧力と呪いとを食らえば、二度と関わりたいとは思うまい。社長が、安堵の息を落とす。名取を失わずに済んだ、と。
境も行きたいと言い、安藤が無謀だと言うのを抑えて、名取は立花だけを連れて社長室を出る。
「下にそろそろ迎えが来ます。いいですね、助手ということにしますから、勝手に話さないで下さいよ」
「おうよ。用心棒のふりでもしててやるよ」
「どうぞよろしく」