ふと、浮上してきた意識に、目を開けた。
顔を覗き込んでいるのは、一つ目の面をつけた妖。その向こうに、白い天井。
また、すぐに目を閉じた。
柊の落としたため息が聞こえた。どうやら、現実らしい。
眠っていたのか。でも夢を見た覚えもない。眠る前は何をしていたのだったか。場所も自分の住処とは違うようだ。体が重い。動けない。でも、清々しさを感じるのは何故だろう。
断片的に、記憶が戻ってくる。そうだ、ペンションでの撮影。湖。妖。霊感娘。的場が・・・・・・。
名取は、再び目を開けた。
「主さま」
柊が、安堵の声を上げた。
「今度は本当にお目覚めですね?」
ということは、何度か目を覚ましてはいたらしい。全く覚えてはいないけれど。
「・・・・・・」
聞きたいことはあるが、声を出すに至らない。撮影が途中だったはずだ。よく思い出せない。的場にかけらを返した後、意識が戻らなかったのか。ここは病院なのか?
「無理しないで下さい。あとは回復するだけです。2、3日もすれば元気になります。毒の元は的場が持ち帰ったし、広がっていた毒は撮影隊の女性が取り除いてくれましたから」
撮影隊の女性? 霊感娘が、毒を取り除いた?
また記憶が戻る。腕を引かれる衝撃で目を覚ました覚えがある。ペンションで、気づいたら手を握ったまま、片桐がベッド脇に倒れたのだ。名取を撮影に復帰させるために、この毒をなんとかしようとして。
霊感娘は、ヒーリングまでできたらしい。
あとは何も思い出せない。夕陽のシーンは撮れなかったのだろうか。
見覚えのある部屋だった。先月入院したのと同じ病院の個室らしい。明るいので昼なのだろうが、あれから何日経った昼なのだろう。人は誰もいない。ナースコールしてみようにも、腕が重くて動かない。
疲れて、また目を閉じた。すぐに、また眠りに引き込まれた。
人の気配で次に目覚めると、体が随分楽になっていた。医師と看護師が来ていた。
僕の立場ないじゃない、と、医師が愚痴をこぼす。話す元気はなかったので、名取は苦笑いしてみせた。
ひどいんだよ、名取さんもスタッフも、そんなハードな場面ばっかり残ってるなんて一言も教えてくれなかったんだから。と。看護師は、医師の愚痴に、はいはい、といい加減に返事をして点滴を片付けている。
話によると、丸2日眠っていたらしい。最後のシーンの撮影終了後に部屋に運ばれたところに医師が戻り、熱が高かったし脈もおかしかったので救急車を呼んだのだという。全く覚えていないが、夕陽のシーンも撮ったらしい。
撮影の続きは正月が明けてからだ。名取は、家業の手伝いのため、年末年始はたっぷりと休みをもらってある。もともと、年末年始はバラエティの時間が多いので、役者以外の仕事を受けない名取に出番はないのだ。
なので、あとは本当に、気力体力を回復させて家業に専念するのが仕事だった。
柊によると、今回は義兄が入院手続きに来て、妖がうろうろしていては回復も遅れる、と、護衛に柊を残して瓜姫と笹後を連れ帰ったのだという。
更には、名取が目覚める少し前に、七瀬が顔を出したという。そして、柊に伝言を置いていったと。
曰く。的場の者が一人出奔した。たいした力はないが、撮影隊に式を打ったのもその男だという。そして彼は、的場と名取が同衾したのを知っていて、どうやら呪術師という存在について俳優名取を絡めて雑誌に情報を流したらしい、と。的場からの逃走資金を稼ぐために。
マスコミ対応は事務所の指示を待つことにして、名取はひたすら、回復につとめることにした。
立花組のスタッフが見舞いに来てくれたが、片桐の姿はなかった。
「ああ、大丈夫ですよあの人は。夜打ち上げで日本酒たっぷり呑んで復活しましたから。御神酒が効くんです、巫女さんですから」
ヒーリングで倒れた片桐は、夜まで寝込んでいたもののそんなわけで無事回復したのだという。名取と同じで、実家が神社なので、実家の手伝いに帰ってしまったので今日は来なかった、との話だった。
名取へのヒーリングは、立花の強い撮影継続希望のために特別におこなったものなのだという。
「やりたくなかったらしいですよー、片桐さん。こんなの治したらこっちが死んじゃうっとか。なんでこんなんで今日撮影こなしてんのよこの人っ!とかって。相当きてたみたいですよ名取さん。今度こそしっかり体治して下さいね」
らしいというかなんというか。なんだかんだいって自分が倒れるほど頑張ってくれたらしい。
「覚えてないんですか? 夕陽のシーンは完璧でしたよ。うちのボスが仕掛けた罠にも見事なアドリブでした」
まったく覚えていないが、そちらは一安心だった。
意識を回復させて以来、夢見がやたら悪かった。なかなか熟睡できないが、時間はたっぷりあるので、順調に体は回復し、一週間で無事退院した。後半は、ヤモリの妖まで復活して全身を這い回り始めたので、久しぶりの感覚にうんざりしつつ、看護師らにきらめきをばら撒いた効果か、退院時には花束まで貰い、最後にたっぷりきらめきつつ一人ずつ挨拶してまわり、看護師らを虜にして、名取は病院から帰宅した。