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つかわれしものたち

 ・・・・・・会話が聞こえる。男。女。男。複数の。
 瞼の裏に、光が映る。ああ、明るい。眠っているのか。誰かいるのか。ここはどこだっけか。
 意識が浮上してくる。なんだか演技過剰な会話が聞こえる。知ってる俳優たちの声。打ち上げ中に眠り込んだのだろうか?
 名取は、薄く眼を開けた。
 部屋の明かりがついている。東京のアパートだ。テレビもついている。小谷が出ているドラマだった。
 あれは、おれが出そびれた2時間ドラマかな。
 視界の端に、黒いものが見えた。
 視線をやると、黒髪だった。名取は、驚いて眼を見開いた。
 長い髪の人物が、ベッドにもたれてテレビを見ている。
 名取が起きた気配で、その人物がこちらを向いた。
「おや、ようやく起きましたか? 勝手してますよ?」
 そこにいたのは、和服姿の的場家当主。
 名取は起きようとして、でも頭が重くて、また布団に頭を沈めた。
「おやおや」
「・・・・・・よく、ここが・・・・・・」
「ああ、あなたの式をみつけたので案内させたんですよ。途中の墓地で遊んでいたので」
 駅で、ふと思いついて的場に紙人形を飛ばした。無事退院の知らせを、礼を兼ねて。しばらく東京に行っている、とも、ついでに書いた。
 万が一見舞いにでも来たら、不在ということになってしまうので。
「住所、知ってたんですか?」
「七瀬が知ってましたよ。今日は東京で仕事でしたので、近くで車を下ろしてもらったんです。改めて御礼とお詫びをと思いましてね」
「それは、お気遣いいただきまして・・・・・・。おかげさまで、無事退院しましたので・・・・・・」
「もう少し元気なふりして言ってもらいたいですねえ。一声かけて帰るつもりだったのに、死んだように寝ているものだから待たせてもらうことにしましたよ勝手に。私、明日は休みなので、近くの部屋に泊まればいいので」
 明日また出直してくるという発想にはいたらなかったのだろうか、と思いつつ、名取はまた眼を閉じた。
「すみません、失礼ついでにもう少し休ませて下さい。あと5分だけ・・・・・・」
「いいですよ、ドラマも佳境に入ったところですから、終わるまで寝てて下さい」
 的場の当主が安アパートでこたつにあたりながらテレビドラマを見ているとは・・・・・・。
 名取は呆れつつ、ドラマが終わるまで遠慮なく休ませて貰うことにした。
 軽く貧血っぽい。いくら種々の検査結果がほぼ正常値になったとはいえ、年末年始は役者の仕事は休みだからということで自宅療養を許されたに過ぎない。まだ無理はきかないのだ。
 とはいえ、あのまま家にいることはできなかった。
 真面目に仕えているつもりはなかった。
 父も義兄も、みはしら様の姿を見ることはできない。正確には、彼らの前に現れることをしない、だ。
 まれに、夢枕に立ったり、声だけを頭に届けることがあるそうだが、名取のように気安く話をすることなどないのだという。
 名取にとっては、気味悪がられる自分にとっての、一番最初の友達、のようなものだった。
 変なヤツだと思っていたが、成長するにつれ、相手がまったく姿を変えないことや神域から出ないことなどから、人ではなく、また妖でもない、家で祀っている神様であるということに気づくに至っていった。
 あちらも重宝にこき使ってくれていた。気安い主従関係に、慣れていた。
 義母らとの関係もあって大学に進学してからは年末年始や祭祀の際にしか家に戻らなかったりしても、特に関係は変わらなかった。
 それだけに、突然の初めての拒絶は、名取にはショックだった。
 自身がひどく傷ついたままだということを自覚させられた上での、みはしら様の拒絶。
 その、傷つけた当事者が呑気に傍でテレビを見ているという現実。
 なんだか、どちらも現実感がなかった。
 傷ついていることは自覚したが、だからといって的場に恨み言を言おうとは思えない。彼自身が意図したことではないと、わかっているから。
「名取さん」
「・・・・・・はい?」
「こういうのって、本当にしてるんですか?」
「はい・・・・・・?」
 なんのことかと耳を澄ませてみる。目を開ける気にはまだなれなかったので。
 どうやら、男女の絡みの場面らしい。
「・・・・・・色々ですよ。監督次第、役者次第で。全部撮ってカットして使う監督もいるし、必要な部分だけ真似事で撮ることもあるし」
「へえ。大勢に囲まれてできるもんなんですか?」
「できる人はできるんでしょう」
「名取さんは?」
「まだ経験ないんで、わかりませんね」
 やれと言われればやると思うが、そこまでこだわる監督はそれほど多くない。
「どうも、これは本物みたいだなあ」
「・・・・・・」
 名取は目を開けてみた。小谷が女優と絡んでいた。ということは、自分がこの場面を撮るはずだったということか。台本にはなかったはずだが、追加されたのだろう。
 的場の言う通り、長々と続く場面はどうやら本番フルコースを編集したもののようだった。それはいいとして、何やら、違和感を感じる。
「この男優、何か麻薬やってますね」
「・・・・・・」
 同感だ。普通に見ればわからないだろうが、人の気配に混じる異質感を、的場や名取のような感覚の持ち主には感知できる。なにかしらの麻薬で、トリップした経験がある。それも、ごく最近。複数回だ。
 場面が変わる。穏やかに男女が崖っぷちを散歩している。たしか、ここに恋敵が突然現れて悲劇が起こるという話だったはずだ。名取は、ため息を落とした。
「・・・・・・なんか、飲みますか? たいしたのはないですけど、日本酒ならうちの神様こだわりの酒がありますよ?」
「神様こだわりですか。それはいいですねぇ」
 名取はやっとベッドを出て、クライマックスを放置して台所に出た。式3人が、それぞれ浮いたり立ってたり座っていたりしていた。またため息が出る。
「悪かったな。お前たちも休んでいい。特に用事はないから」
「はい」
「はい」
 瓜姫と笹後が、紙人形に寄り付いて名取の手の中に納まった。
 柊は、台所の隅に座り込んだまま、動かない。
「どうした?」
「・・・・・・」
 柊は名取をしばし見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「少し、外に出てきていいですか?」
「ああ、構わない」
「的場が帰るまで」
「・・・・・・ああ」
 柊は、名取を見返りもせず部屋を出て行った。
 名取は、紙人形を玄関に下げてあった上着の懐にしまう。確か、ベッド脇に放り出して寝てしまったはずだ。
 それには、柊の気配が残っていた。

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