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「そうですね・・・・・・あなたが僕に抱かれる、というのはどうですか?」
 的場の言葉に、名取はわずかに眉をひそめた。
 抱かれる?
「ああ、そっちの『抱く』じゃないですよ。『寝る』方の『抱く』です」
 一瞬、息が止まった。
 演技ゼロで、目を見開く。目の前の、長髪男の顔を見直した。
 いつもどおりの、年に似合わない、薄ら笑いを浮かべた、余裕の顔。
 求められたものがなんなのか、は、わかる。
 名取を『抱く』ことによって、名取の『力』を寄越せと言われているのだ。それは、わかる。
 わかるが、名取は違うところで混乱していた。
「どうですか?」
 にやにやと笑いながらこちらの反応を見ている、的場一門の当主。名取より一つ二つ年下のはずだが、 立場も妖に対する力も上。敬語を使ってはいるが、名取を自分より上に見ていないことは明白だった。
 やられた・・・・・・。
 はじめから、おかしかったのだ。
『「式」にできる妖を捕らえて欲しい』
 賞金首の中に手ごろな奴がいるので、封じて連れてくるよう命じられた。無傷で、だ。
 的場一門からの依頼であれば、断れない。
 いや、断れないこともなかったが、俳優業もそれなりに仕事が入るようになり、副業の妖祓いは、 時間に制約のあるものは受けられなくなってきていた。だからと言って妖祓いをせずにいると、 感覚がにぶっていざというとき、命取りになる。なので、空き時間にてっとり早く稼げる賞金首を狙い、 技術を維持するようにしていた。
 だから、断る必要性を感じなかった。ちょうど、撮影は間に短時間入るだけだったし、ややきついが、 期限の三日以内になんとかする自信もあったのだ。
 期限の翌日には、早速捕らえた妖を使う用があるという話だった。だから、無傷で、期限厳守で、と。
 式を動員して居場所を特定し、紙人形や陣を使って罠をはり、封印する。
 うまくいくはずだった。いや、うまくいった。ただ、当の妖が、すでに手負いだったのだ。
 手負いで、生命の危機を抱えた妖の抵抗は激しかった。手間はかかったが、無事封印できた。
 式たちの被害も大きかった。しばらく、使い物にならないだろう。柊だけは手傷を負いながらもついて来たが、 瓜姫たちは休ませてある。名取自身も、撮影の時以外は捜索や罠の仕掛けに専念していたので、睡眠もほとんどとっておらず、 妖の抵抗で力もかなり消耗していた。それでも、とにかく封じた壺を届けねばと、的場の屋敷に直行してきたのだった。
 そして、的場は手負いの妖を、あっさりと使い物にならないと判じたのだった。
 明日、必要だったのに、と言いつつ。
 罠だったか・・・・・・。
 妖に手傷を負わせたのは、的場一門の者だったのだろう。それらしき術の跡が確かにあった。かわりの妖を調達したかったが、 そんな力の余裕はなかった。三日という期限もぎりぎりだった。
 最初から、仕組まれていたのだ。
 式が使えないのなら、自身の能力を上げて対処する。そのための力を寄越せ。
 その手法が『抱く』だ。
「・・・・・・何故、です」
「何故って?」
 名取はすでに疲れ切っている。はっきりいって、ハリウッドの美人女優に誘われたって今は「眠る」方を選びたい。 この状態で残った力をもっていかれたら、何が残るのかというほどだ。表面の余裕ある部分はすでにない。 基の方の、力の根源に近い辺りのものしか残っていない。わざと、そこまで仕組まれている。 より強力な濃厚なところをもらう気でいるのだ。
 名取がすべてを察したことに気づいても、的場の表情は変わらなかった。
「ホモじゃないでしょう、的場さんは」
 こちらがわかったとわかっているのを悟りつつも、名取はあえて言った。
「私も、いたってノーマルなんですよ、その辺は」
 笑ってごまかす、フリをする。もはや相手の手中だと、わかっていても。
「・・・・・・性的嗜好はノーマルですよ、僕もね」
 名取のポーズに、的場も義理で載った。
 しかし、話はすでに決まっている。的場は立ち上がった。
「一仕事片付けてくるので『準備して』待ってて下さい。案内を」
 応接室の扉を内側から開いた男に指示して、的場は廊下に消えた。一部始終を聞いていた的場の部下は、無表情に名取を見る。
「こちらへ」
 名取は、視線だけを送った。
 はっきり言って、嫌だ。冗談じゃない。的場が女だったとしても、こんな性格の奴とは寝たくない。抱きたくない。 なのに、そんな男に、抱かれろだと?
「こちらへ」
 わずかに、男の口元に、さげすむような笑いが浮いた。追い詰められた『名取の若様』の姿に、職務より愉悦が勝ったらしい。
「主さま」
 背中で、柊の声。どうやら、状況が飲み込めていないらしい。確かに、『ヒト』の複雑な表面下のやりとりは、 彼らには難しいのだろう。どっちみち、理解してくれない方がいい。それでいい。
「・・・・・・柊。先に帰っててくれ」
「疲れているでしょう。茶番につきあわなくても」
「たしかに、とんだ茶番だねえ」
 自嘲気味に言って、名取は立った。
「先に帰って、休め。しばらく、お前以外役に立たないのだから」
 柊を見ることなく言って、廊下へと歩き出した。

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