安藤へは、翌日電話が来たので入院したと伝えた、と姉は言う。
「大慌てだったわよ。もうすぐ来るはず」
代役は誰になったやら。入院3日目になっても、まだ熱は下がらない。熱はウィルスや細菌を殺すというが、
さすがに42度近いのはまずいので解熱剤で39度前後まで落とすのだが、薬の効果が切れると、
また41度を超えてしまう。熱が下がると楽になるのだが、熱が上がる時はかなり体にくる。
上がりきってしまうと、もう朦朧としてしまって、なんだかわからない。呼吸が一時停止することもあるし、
色々うわ言も言っているらしいのだが、意識がはっきりした時には苦しさも何も覚えていないという有様だった。
今は解熱剤で下がっているが、そろそろ、切れる頃かもしれない。
腕の腫れは引いたけれど、首が腫れて痛い。肝臓も腫れていると言う。朝からまた採血された。
抗生物質もいろいろ試しているようだが、効果はない。
妖の毒気、か。
それが、リンパや肝臓にきているらしい。
的場を助けた時の、妖の毒、だ。
影響を受けたのは的場に移行した分の名取のはずだった。が、名取が欠けすぎていたせいで、
一部が残ってしまったのだろう。
今頃、的場さんも寝込んでるかな。
あちらは消化されかけていたのだ。あの男でもさすがにダメージが残っているだろう。車でも元気がなかった。
何も言われないところをみると、あの媚薬はこういった時の病理検査でひっかかるような成分ではなかったらしい。
麻薬成分はないと言っていたが、万が一そんな反応が出た日には、俳優名取も名取家も終わりだ。
「売店で新聞買っちゃった。スポーツ新聞。あんた出てるわよー。朝テレビでやってたからもしかしたらと
思ったらねえ。有名人なのねえ」
夏目のおかげで「欠け」の方は調整できてきている。目も普通に見えるようになったが、
とても新聞を読む気にはなれない。
「なんて、出てる?」
「えー? あんた、オールヌード撮影やったって?」
「・・・・・・映ったのは足と上半身だけのはずだけど?」
「そうねえ、ビキニパンツぎりぎりって感じねえ。まあ、あんたは禊で慣れてるから平気なんでしょうけどね。水のシャワーで風邪引いたってことになってるわよ。
事務所側は、撮影前から体調を崩していた、て発表してるけど?」
「まあ、そう」
「ふうん。何日も帰らないでがんばってたんだー」
「そういうこと」
「何が『そういうこと』よ!?」
小言を聞く元気もない。名取は、そっぽを向いた。
「あんた、俳優だけでも仕事していけるんじゃないの? 余分な心配しないで、専念したらいいじゃないの。
安藤さんや社長さんだって喜ぶと思うわよ?」
姉には、妖祓いのことはわからない。ただ、危ない仕事で、かつ世間が認知しない仕事であることだけは
理解しているのだ。こういう話の時は、無視に限る。
「っもう。安藤さん迎えに行ってくるわっ。そろそろ来るでしょっ」
病室を出て行く。名取は、横になったまま窓の外を眺めた。
何階の病室なのか知らないが、上の方らしく、田舎のことだし、青空しか見えない。
きれいな青だな、と思う。
夏目は、授業中かな、窓の外なんか見てないか。
隣の市に住んでいる夏目。そういえば姉が、昨日自宅の方に見舞いを届けに来た、と見せてくれた封筒は、
どこに置いたのだろう?
横になったまま見回した範囲には、ない。仕方なく、体を起こす。点滴をはじめ、色々な管に繋がれているので、
あまり動けない。それでも、ひどく体力が落ちているのはわかった。枕元の台の小引き出しの中に、封筒をみつけた。
何か厚みのあるものが入っている。名取は横になってから、開けてみた。
「?」
手紙と、和紙にくるんだ、何か。
和紙を開くと、赤い小さな実が10粒ほど出てきた。
手紙を開く。
赤笹の実!?
文献で読んだことはある。妖怪の毒の毒消しだ。人間にはみつけることができず、
欲しい場合は妖怪に頼むしかないとあった。
いったいどうやって?
まあ、夏目の場合、妖と仲が良いから・・・・・・。
入手方法については書かれていなかったが、1回2粒ほど1日3回ペースで治るまで食べろと先生が言っている、
と説明があった。
正直、食事はまったくとれないし、水分もなんとか飲もうとしても、普段の一口の半分も口に入れる気になれず、
点滴に頼っている状態だった。
寝たまま、名取は一粒、口に入れてみた。思ったより、抵抗なく食べられる。もう一粒口に入れてから、
赤笹の実を丁寧に和紙でくるみ直し、封筒に戻した。引き出しに戻し、再び横になったとたん、ぞくり、ときた。
来たか・・・・・・。
妖ではない、殺気でもない。
高熱の前兆、だ。
冬場の凍てついた金物に触れたかのような感覚が、体にわいてくる。薬の効果が切れたのだ。
残念ならが赤笹の実は、まだ効かない。