責任を取れ。
たしかに、ナルはそう言った。
週二回配達の内、一回分の食材と作り置きを食い尽くされたのだ。夕飯くらいつきあえと、それくらい言ってもいいだろう。別に払わせるつもりはなかったのだし。
しかし、責任を取るべき八百屋が配達してくれた食材を酒のつまみに食い尽くした二人組は、あっさり責任を取る部分を他人に投げてしまった。
二日も許容量オーバーで飲めるほど酒に強くないということだろうが、誰も酒を飲めとは言っていない。なのに、何故代理に酒に強い人材を持ってくるんだ。
「へー、いい感じの店だなあ」
「紹興酒もありますね」
年下女性二人に責任を取らせるはずが、保護者世代二人を代理人に立てられて。
「うちの母親に似てるなあ、女将さん」
弁の立つ越後屋までつけられた日には、ペナルティが逆につく。
確かに、年若い女性二人を年の近い単身男の部屋に泊めたのは早計だったかもしれないが。いったい何の報復だ。
ナルは、右の手のひらから手首までがっちりと包帯を巻かれている。
十二針。
痛み止めを飲んでいても、痛い。
当然、酒など飲めない。
麻衣が昨日行ったお店良かった、と口走ったばっかりに、心配して事務所へ訪ねてきた滝川が興味を示し、ナルは怪我人なので夕食は部屋の近くの方がいいでしょう、とリンが言いだし、案内させられたのだ。
「兄ちゃんお客さん連れて来てくれたのかいっ? ありがとさんよ。今日は豆ごはんがあるよ、豆と塩と昆布だけ。やあ、若いあんちゃんたち大勢で嬉しいねえ。お通しは豆とひじきの煮物と昨日と同じ南瓜だよ、今持ってくるから待っといで」
威勢よくバーッと言いながら席を案内してお手拭を置くと、返事も聞かずにあちこちの席を構いながら戻って行くおばちゃんに、三人はご機嫌でメニュー選びに入る。リンまで機嫌が良い。
「僕は夕飯を食べられればいい。後は勝手にやってってくれ」
「僕も豆ごはん食べたいです。でも、とりあえずビールかな。所長、飲めないのにすみません」
「俺イカ焼きと冷酒。悪いなナルちゃん、生臭で」
「私は紹興酒と、ニラ玉を」
怪我のせいでビールもダメなら、元々イカも卵もダメという、そんな男をいちいち気にしてはいられない。
お通しを運んできたおばちゃんに三人は予定通り注文し、ナルは豆ごはんとおかか抜きの冷奴とホットウーロンを注文する。お通しもあるので夕食には十分だ。
「おや、兄ちゃん今日は呑まないのかい? あれ、怪我したのかい、いい年こいて転んで手ついて捻挫とかってやつかい? 治るまで我慢だねっ」
勝手に想像して戻っていくおばちゃんに、滝川と安原は楽しそうだ。リンまで苦笑いしている。
「いい店みつけたなあ」
「・・・・・・和食の店を探してたんだ、単に」
基本自炊だが、外食もする。洋食系は飽きてきたし、弁当類は好きではないが和食は嫌いではないのだ。
「それで、谷山さんを味見係に食事して帰ったら事件ですか。まあ、いつかはやったかも知れませんしねえ。早期決着といえば早期決着ですか?」
「おびき出したわけではありません」
「身を盾にして庇ったわけか。よくPK出さなかったな」
「使っていたら今頃空港です」
人聞きの悪いことしか考えない連中だな、と思う。自分の信用がないだけなのだが。
「僕より先に、ジーンが止めに行って切られた。これはとばっちりだ」
包丁をPKで跳ばしたことは黙っておく。
「ジーンが?」
「既に統一化が始まっているのかもしれない」
彼の怪我が、この身の怪我になるのだから。
「えーと、話は聞いてるが。ナルちゃん的に、抵抗ありそうだと思ってたんだが?」
「外したことがない。現実として対処するしかない」
(だよねえ)
ジーンの声が聞こえる。昨日から、チャットがつながるようになったままだ。
(僕も一応戸惑ってるんだけど。今回は、昨日の騒ぎで目を覚ましたんだ。それからはナルに合わせて寝起きしてる。視えてた出口も消えちゃった)
(なるようになるだろう)
(まあ、なるようにはなるんだろうけどさあ)
ため息まで聞こえるようだ。
「予知、ねえ」
「訊くなよ。僕は覚えていない」
「私は聞いていました」
「あいよお待たせーっ」
おばちゃんが飲み物を運んできた。冷酒に紹興酒にビールにホットウーロン。
「んじゃま、とりあえず、事件解決? に乾杯か?」
「いええ、所長の新規店舗開拓祝いで」
「そうですね」
「・・・・・・」
実際にグラスを合わせたのは滝川と安原だけだったが、二人の乾杯が済んでから、ナルもホットウーロンを口にする。
左手で持ち、右手は添えるだけ。朝食はフォークで食べた。昼はサンドウィッチ。箸が持てるかな? と少し考えつつ。
「あいよ豆ごはんお待たせー」
どかんと、おばちゃんがお茶碗をナルの前に置いていく。そこには、レンゲが差し込まれていた。
「やあ、食べやすそうですね」
どうせならスプーンが良かったと思いつつ、量の多さに辟易する。普通でも大き目の茶碗に盛られているようだったが、これは丼茶碗だろう。しかも盛りがすごい。
「三人前くらいありそうだな」
「年齢的には食べられると思ったのでしょう」
「うーん、僕でも無理かも」
ナルは、ただでさえ少食だ。
「まあ、食えるだけ食えよ」
そこへ、次々と料理が運ばれてくる。
イカ焼きは屋台で売っている1.5倍はあるだろう。ニラ玉も大皿、豆腐も手作り感あふれる分厚い木綿豆腐が丸ごと一丁におろしたショウガと小口ネギともみじおろしとわかめがどかんと乗っている。
最初から気配を察知して自分の分を頼まなかった安原が正解だ。おばちゃんは取り皿もがちょんと八枚も置いて行った。
値段的にはシェアするようには見えないのだが、B級感あふれるドカ盛りだ。よそのテーブルはもうちょっとだけ控え目な量なので、これはやはり新規の若者団体歓迎の意なのだろうか。
「えーと、豆ごはんとニラ玉を分けていただいても?」
「どうぞ」
リンが皿を安原に押し出し、ナルも黙って押し出す。
「少年、イカも食え。あ、俺にも分けてくれよな、ニラ玉と豆ごはん」
「・・・・・・豆腐もどうぞ」
居酒屋だけあって味も濃い。三人の酒はどんどん進む。
「所長って料理ちゃんとするんですね。冷蔵庫におひたしがあったって、原さんがショック受けてましたよ。意外です」
「時間のかかるものはやりません。おひたしなんて熱湯で少しゆでて水で冷やして絞るだけじゃないですか。食事時間含めて三十分以内のものしか作りません。実際に調理に充てる時間は十分くらいですね。お湯が沸く間とか煮込んでいる間とかは別のことをしているので。だいたい二〜三回分はできるから、冷蔵庫から出すだけとか、鍋をあたためるだけで済むこともあるし」
「安心しました」と、リン。
「八百屋さんが配達してくれてちゃんと消費してんだもんなあ。偉い!」と、滝川。
呑みが進んでいる。
ナルは夕飯の量としては十分食べたし、そろそろ絡まれる前に退散しようと様子を伺う。三人は更に飲もうと、メニューを眺めている。ちょうどいい頃合いだ。
「すみませーん、梅割り一と生中二、ホットウーロン一お願いしまーす」
「あいよーっ」
しまった、遅かったか。
先を読んだ安原にしてやられた。
「ふふふ、逃がしませんよ、所長。一晩女の子二人も独占しといて」
「人聞きの悪い」
「そうだよなあ、女の子二人、酔っ払いパジャマパーティか?」
「見たかったんですか?」
「イヤとは言わん」
正直な酔っ払いだ。
「・・・・・・一升瓶と空き缶転がした女子会に男一人で参戦する勇気があるんですね?」
「・・・・・・それはない」
「僕は黙って野菜とワインを差し出して書斎に逃げました」
「懸命だ」
「・・・・・・やはり、ジーンが混じってきているんでしょうか?」
ノンアルコールのナルが、酔っ払いの会話につきあっている。リンの感想ももっともだ。
(別にナルでもこれくらい話すよねえ)
(お前相手ならな)
(僕くらい慣れたんでしょ?)
(・・・・・・手が痛い。替われ)
(は?)
あれ? と思ったら、ジーンはホットウーロンが一センチほど残ったジョッキを手にしていた。
(どうやったの!? ナル!?)
(引いてみただけだ。酔っ払いの相手はまかせた)