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ひとり 18

(あまり大荷物にならないように、不自然じゃないように。えーと、大学行くバッグでいいか)
 麻衣は、あまりかさばらないよう荷物を厳選する。
 ナルの体調もあるし、明日の約束はどうなるかわからない。なので、泊まる支度をしてあるとあまりわからないようにしたい。
 とりあえず必要だろうものを出してから、頭を悩ませた。
 綾子に買ってもらったブツは、箱ごとでは場所をとるしそんなに数はいらない。迷った末に開封し、中を見る。
(うえっ)
 個別パックからわかる形状に、使い方がリアルに想像できて思わず手を離してしまった。
 箱にも使い方が書いてある。手放しのままそれらを流し読み、個別パックを見、麻衣は諦めて二つ分を取り分ける。二つずつになっていたのだ。二つの間にはミシン目があったが、それを切って一個にすべきかどうかについては、念のためと取りやめた。残りは箱の蓋を閉じ、元通り薬局の紙袋に仕舞ってチェストの引出しの奥に突っ込んだ。あまり目にしていたくなかったので、持ち物予定の下着の下に隠し、今度は下着について悩む。
 以前、高校からの友人である、恵子たちと下着を買いに行った。
 勝負下着っ! と気合いを入れている友人らに、どうせそうそうサイズ変わらないんだし、勝負とまでは行かなくても、ほどほど下着くらいつきあってよ! と。
 上下セットの、かわいいだけではなく、だからといって色気が出過ぎないけどちょっとはあるもの。旅行などで友達同士で見ることを意識するおしゃれ下着ではなく、彼氏を意識したもの。
 当然、麻衣が想定したのはナルだった。
 だからと言って黒は選択肢にない。ピンクに揺らぐナルでもないだろう。だからと言って真っ白も花嫁じゃあるまいし、と、考え過ぎて、勝負下着を選択し終えた恵子たちにニヤニヤと見られていることにも気づけなかった。気づいてあわてていくつかに絞っていたうち、一番近くにあったものを掴んだのだが、薄い水色にうっすら曲線の白ラインが入り、レースもちょびっと、というまあまあ無難路線のものだった。
 なので、それと決めてはあるのだが。
(これを、着ていくか? お風呂の後に使うべきか?)
 部屋に入るなりなだれ込むことになるのか、落ち着いて一風呂浴びてからで大丈夫なのか。しかし、麻衣は風呂のあとにまでブラをつける習慣はない。哀しいことに、型崩れを心配するほどボリュームがないからだ。
(明日だけ、つける、か?)
 とりあえず、基本的にブラは上下セットで買うようにしているので、枚数は少ないが見られても困らない程度のセットはある。明日はもう、生理用のショーツでなくとも大丈夫だ。念のためショーツは予備も持つとして。
(明日はこっちのチェックのセットでいいかな。一番新しいし。色気はないけど、その方がちょっと落ち着いてシャワーくらい浴びさせてもらえるかも、て、いやいや、ナルがそんながっつきはしないよね? いや、でも、その手前くらいはありうるかもしんないよな、こないだの感じだと。うん、やっぱこんくらいでいこう)
 すでに今日はシャワーを浴びている。明日、出かける前にチェンジしていこう、と考えつつ、次はパジャマ選びだ。
(そんなに雰囲気あるようなものは元々ないしなあ。前ボタンか、長袖Tシャツか。この間はTシャツだったなあ)
 裾から手を入れられて、あげくめくりあげられた。思い出して、麻衣は肩を震わせた。なけなしの乳房が竦んだ気がする。
(うう・・・・・・)
 あの、感覚・・・・・・。
 ナルに、触られた。口でも。
 あの、初めての感覚。
 思い出せそうで思い出せない。
 いい、とか、なんとか、とか、どうだ、とか、表現もできない。
(また、あれ・・・・・・)
 気恥ずかしい。
(あれは、確かに、感じる、ていうやつなのだろうなあ)
 また、ナル、あれを。
(今度は、もっと、かも、だし)
 できるかわからないと、ナルは言っていた。あの、翌日。
 抱きたいと思ったのに、具合が悪くなってしまった。
(雰囲気、変えた方がいいかな?)
 パジャマは前ボタンの黒猫柄に決める。翌日の着替えは何を持とう。
 有力候補は皺になりにくい素材のワンピース。普段の調査ではスカートを避けるのであまり着たことがない。ちょっと新鮮でいいかも、と思いつつ、なんかワンピースだと翌朝そうそう誘ってる感が出るのではとも思ってしまう。
(スカートの裾から、とか)
 先日のTシャツの裾から、という出来事のおかげで、どうしても連想させられてしまう。
(でも、ちょっと、違う格好も、いい、よね)
 いつもと違う。
(だって、処女じゃなくなるんだから)
 思って、麻衣は一人フリーズした。
(・・・・・・あ、あたし、スケベだ・・・・・・)
 年頃なのだから標準だ、いや、考え過ぎだ、と思考が暴走し始めたところで、携帯メールの着信音が聞こえた。
 落ち着かねば、と思いつつ確認すると、ナルからだった。
『六時に迎えに行く。泊まる用意を。』
(・・・・・・お泊りですかーーーーーっっっっっ!!!!!)
 いや、元々お泊りだってば、と自分に突っ込む。
 いや、予定は未定と思ってたんだけど、さっきまで、と更に突っ込む。
(朝六時お迎えで、泊まる用意って、どっか、お泊りデートってこと?)
 あの、ナルが。
 初めての日のために、ドキドキのお泊り計画?
(いや、ナルはドキドキしないか?)
 それはそうと、あまり荷物が増えるのはよくないにしても、これでバッグは宿泊仕様にしても問題なくなった。
(行先も目的もわかんないし、リュックにしようかな)
 いざとなったら背負えるので行動が楽だ。
 麻衣は、深呼吸をして、メールの返信を打つ。
『らじゃりました』
 タオルは借りようと思ってたんだけど、やっぱり一〜二枚持とう、と思いつつ送信する。
(お泊り・・・・・・お宿、ホテル? 旅館? デートの後にやっぱりマンション?)
 ベッドも畳もダメかもしれないというのに。
(どこなら大丈夫なのかなあ)
 色々考え過ぎながら支度を整え、麻衣は布団にもぐる。
 眠れないかも、と思ったが、頭を使いすぎたようで、すぐに眠りに落ちた。
 久しぶりの、自室にて一人での安眠だった。

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