(・・・・・・いた)
ジーンの眼に、自分が視えた。
自分が死んだ、現場。
(ああ、そうか)
理不尽に死んだ自分は、ここに取り残されていたのだ。
だから、自分は以前の通りの自分で、自分の死を、ただ『死んだ』とだけ受け取って存在できていたのだ。
犯人への恨みも、生き残ったナルへの嫉み(そねみ)も。
ここへ置いてあった。
(死んだ自分を、取り戻す)
すべて、あるがままにあらねば、統合できない。
そう、思える。
ナルはナルで受け入れるための準備をしている。自らの過去を記憶に浮上させてまで。
自分も、受け入れられるための準備を進めなくてはならないのだ。
自分の、すべてを受け止めて。
(何故)
そう思った。
(ごめん)
ナルに謝った。
(せめて)
きちんと警察に届けてくれと。
(ああ)
湖に投棄され、感じた絶望。
(助けて)
せめて、この体を。
兄弟の元へ、返してくれ。と。
満月の湖に。
自分が、また、いた。
兄弟の元へ、義父母の元へ戻りたいと。
帰してくれ、みつけてくれ、と。
かつてその身が沈んでいた場所で。
まだそこに沈んでいるかのように。
訴えていた。
憐みさえも感じた。
自分自身であるのに。
一人孤独に待ち続けた自分を。
事故現場の自分と同様に。
受け入れた。
もう、昔の自分ではありえない。
理不尽に轢き殺され、家族から離され、湖に沈められた。
それらを、我が事として受け入れたから。
恨むなと言われても。
過ぎたことだと言われても。
自らの身に起きたことではないから言えることだろう、と。
やりたいことも何もかも。
未来すべてを奪われて。
死してその身が家族の元に帰ることさえも。
妨害された。
許せ、と?
そんなこと。
無理だ。
(おまえは生きるんだ)
現実を受けれた狭まっていく思考へ、突き刺さるように投げかけられた言葉。
(おまえは一人じゃない。僕も一人じゃない)
一人戦い続けたナルも、未来を封じられたジーンも。
一人になろうとしている、二人。
ジーンは、一瞬だけ、考えた。
これは、逃げだろうか、と。
(違う)
即座に否定されて。
(僕が定めた、二人の未来だ)
長く共に生きた、二人の。
(必然だ)
ジーンは、ああ、と。
兄弟への、数々の想いを。
兄弟の、数々の想いを。
それぞれの、自分への想いを。
それぞれの、周囲への想いを。
ジーンは、すべてを飲み込んだ。
麻衣の手を、自分は握っていた。
ナルと共に。
車へと手を引くと、麻衣はただ黙ってついて来た。
後部座席に一緒に乗り込んで。
「約束の、土曜の晩だ」
ナルが麻衣に言う。
「そうだね」
そう、麻衣が返す。
僕は麻衣の肩を両手で抱き。
ナルが、麻衣にキスをした。