TOP小野不由美TOP

ひとり 20

(・・・・・・いた)
 ジーンの眼に、自分が視えた。
 自分が死んだ、現場。
(ああ、そうか)
 理不尽に死んだ自分は、ここに取り残されていたのだ。
 だから、自分は以前の通りの自分で、自分の死を、ただ『死んだ』とだけ受け取って存在できていたのだ。
 犯人への恨みも、生き残ったナルへの嫉み(そねみ)も。
 ここへ置いてあった。
(死んだ自分を、取り戻す)
 すべて、あるがままにあらねば、統合できない。
 そう、思える。
 ナルはナルで受け入れるための準備をしている。自らの過去を記憶に浮上させてまで。
 自分も、受け入れられるための準備を進めなくてはならないのだ。
 自分の、すべてを受け止めて。
(何故)
 そう思った。
(ごめん)
 ナルに謝った。
(せめて)
 きちんと警察に届けてくれと。
(ああ)
 湖に投棄され、感じた絶望。
(助けて)
 せめて、この体を。

 兄弟の元へ、返してくれ。と。

 満月の湖に。
 自分が、また、いた。
 兄弟の元へ、義父母の元へ戻りたいと。
 帰してくれ、みつけてくれ、と。
 かつてその身が沈んでいた場所で。
 まだそこに沈んでいるかのように。
 訴えていた。
 憐みさえも感じた。
 自分自身であるのに。
 一人孤独に待ち続けた自分を。
 事故現場の自分と同様に。
 受け入れた。
 もう、昔の自分ではありえない。
 理不尽に轢き殺され、家族から離され、湖に沈められた。
 それらを、我が事として受け入れたから。
 恨むなと言われても。
 過ぎたことだと言われても。
 自らの身に起きたことではないから言えることだろう、と。
 やりたいことも何もかも。
 未来すべてを奪われて。
 死してその身が家族の元に帰ることさえも。
 妨害された。
 許せ、と?
 そんなこと。
 無理だ。
(おまえは生きるんだ)
 現実を受けれた狭まっていく思考へ、突き刺さるように投げかけられた言葉。
(おまえは一人じゃない。僕も一人じゃない)
 一人戦い続けたナルも、未来を封じられたジーンも。
 一人になろうとしている、二人。
 ジーンは、一瞬だけ、考えた。
 これは、逃げだろうか、と。
(違う)
 即座に否定されて。
(僕が定めた、二人の未来だ)
 長く共に生きた、二人の。
(必然だ)
 ジーンは、ああ、と。
 兄弟への、数々の想いを。
 兄弟の、数々の想いを。
 それぞれの、自分への想いを。
 それぞれの、周囲への想いを。
 ジーンは、すべてを飲み込んだ。
 麻衣の手を、自分は握っていた。
 ナルと共に。
 車へと手を引くと、麻衣はただ黙ってついて来た。
 後部座席に一緒に乗り込んで。
「約束の、土曜の晩だ」
 ナルが麻衣に言う。
「そうだね」
 そう、麻衣が返す。
 僕は麻衣の肩を両手で抱き。
 ナルが、麻衣にキスをした。 

TOP次へ小野不由美TOP