TOP小野不由美TOP

おやすみ2

18歳未満の方でここに踏み込んで しまった方。以下の文章を読まずに、即、退去して下さい。


 SPR日本支部室長オリバー・デイビス、もとい渋谷サイキックリサーチ所長渋谷一也が、 新妻、谷山麻衣と2人で暮らしているのは、東京都某区某町JR某駅より徒歩8分のところにある、 15階建て賃貸マンション3階の2LDKの部屋である。

夜10時。
(う〜〜〜〜〜〜〜〜ん)
 湯船に身を沈めた麻衣は、湯気でぼやける天井を見上げ、小首をかしげた。
 新婚9日目。
 確かに、婚姻届を出して9日目になるのだが、新婚とは名ばかり、かも・・・・・・。
 麻衣は首までお湯にもぐる。ナルと入れ違いにお風呂に向かう時、ナルが言った台詞。
『今日は、向こうで寝られそうだな』
 5日目に、新品のダブルベッドが新婚家庭にやってきた。
 しかし、入籍初日から始まったつわりのため、麻衣は昨日までナルが独身時代に使っていたセミダブル ベッドで寝ていた。それにナルまでつきあってくれたおかげで、新品のベッドは未だに全然使われず にいるのだ。
 それが、綾子につわりを相談して、少量ずつにして食事の回数を増やすようにかえたところ、少し 楽になった。吐いてしまうけれど、量が少ないせいかそれほどきつくないのだ。やはり、先輩の意見は 聞くものだなと麻衣は思う。
 その結果が、ついさきほどのナルの台詞だ。
(ナルも、やっぱしちゃんと男の人だったんだよね〜〜〜〜)
 麻衣だって、知識はある。
 かなり露骨な話も聞いている。現実が伴わないだけに、耳年増になっていた。そのた め、まったく無関心らしいナルにあらぬ疑いをかけたことがなかったわけではない。
 しかし、今晩、あのベッドを使うということは・・・・・・当然、ヤル気だろう。
 新婚とは名ばかりで、夫婦生活のなかったこの9日間。
 ナルが我慢しているらしい気配は、感じていた。申し訳ないと思いつつ、避けたいな、とも考えてしま う。
 今度で3度目。とはいえ、いわゆる『初夜』というのは結婚してからのことなのだろうから、次がそれに なるわけだ。
 過去2回・・・・・・。話に聞いていたような、いいものではなかった。
 それを察したかのように、綾子なんぞは『最初のうちは痛いけど、そのうちなれてくるからね。向こうも おいおいやり方がわかってくるだろうから、さりげなく要望は伝えといた方がいいわよ。このままでいいと 思われてもやっかいだし、さりげなく言わないと自信喪失されてそれも面倒だからね、気をつけてね』
(綾子、お母さんだわ・・・・・・)
 実の母親がそんな助言をくれるわけないよなと思いつつ、あからさまな助言がありがたい。
(そのうちね、そのうち・・・・・・)
 けれど、なかなか勇気がでない。お風呂を上がればナルが待っている。顔も洗った、髪も洗った、体も 洗った・・・・・・それぞれ二度も。これ以上、時間稼ぎはできない・・・・・・。
(のぼせたら、馬鹿だよにゃあ)
 けど、だけど、と決心がつかずにもんもんとしていると、洗面所の戸が滑る音が聞こえた。洗面所が 脱衣所でもある。風呂場の戸に人影が映り、麻衣は湯船の中で身を縮めた。
「麻衣、大丈夫か?」模様ガラス越しに、ナルの声。
「だ、大丈夫」麻衣は、入ってくるんじゃないかとあわあわしながら応えた。
「長風呂するなよ。体に悪いだろう?」
「うんっ。もう上がるから、向こうで待っててっ!」
「・・・・・・わかった」
 ガラス戸の影が消え、再び戸の滑る音がする。麻衣は、ほっと息をついた。が。
 あれ?
(ま、待っててとか言っちゃったよ〜〜〜〜っ!! しまった〜〜〜〜〜っ)
 風呂場まで様子を見にこられちゃたまらないと、つい口走ってしまった。
 向こうってどこだ? リビングか? それとも寝室か!?
 なんにせよ、いい加減、風呂を出なくてはならない。麻衣は観念して、えいやっと立ち上がった。
 途端に、頭の中がふわあっとなった。

(遅い・・・・・・・・・・・・)
 麻衣が風呂から上がってくるのを本を読みながらじりじりと待っていたナルは、何度目になるのやら、 またしても時計を見上げた。
 いくらなんでも、遅い。もう1時間近い。長風呂をするタチではないと言っていたし、現にこんなに長い 時間入っていたことはない。
(まさか、風呂場で倒れていやしないだろうな?)
 ナルは、心配になって腰を上げた。何せ妊婦だから、何があるかわからない。
 まっすぐ風呂場に向かい、脱衣所から声を掛ける。麻衣のあわてた声が聞こえてきた。無事だったか。
「もう上がるから、向こうで待っててっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
(待ってて?)
「わかった」
 麻衣の言葉をどうとるべきか考えながら、ナルは洗面所を後にする。
 しかし、他にどうとればいいのだ?
 何やら焦って口走ったもののようだが、麻衣も今晩は覚悟を決めているということだなと、ナルは苦笑 した。今回は優しくすることを心がけねばならないだろう。前回はああで前々回は更にああで。この辺で 名誉挽回しておかなければ・・・・・・。
 ナルがリビングの扉を開いたところに、だぼっ、という異音が風呂場から聞こえてきた。
 なんとも、音だけでは何事か判断のつかない、異音としか言いようのない音だった。
 しかして、音源が風呂場であることだけは確かだ。水っぽい音だったようにも思う。
(麻衣か?)
 ナルは小走りに風呂場に引き返す。脱衣所から風呂場を見ると、さきほど見えた麻衣の黒い頭の影がな い。かわりに、何やら長いものが生えているような・・・・・・。
「麻衣っ?」
 ナルは、声をかけながらガラス戸を開ける。
 ・・・・・・湯船から、足が1本生えていた。
「麻衣っ!?」
 ナルは慌てて湯船に駆け寄る。麻衣が、片足1本残して沈んでいた。
 パジャマの袖が濡れるのもかまわず、湯の中に腕を入れて麻衣を引き上げる。引き上げるなり、麻衣が お湯を吐いた。無事だ。
 洗い場に引き出すと、麻衣がげぼごほと咳き込みながら空気の代わりに飲みこんだものを吐き出した。 ナルは背をさすってやる。裸の背中をさするのは、なかなか難しい。
「う・・・・・・わ、げほ、馬鹿し、ごほ、ちゃったあ・・・・・・げほごほ」
 ぜえはあと息をつく麻衣に、ナルは言った。
「馬鹿」
 遠慮なく。
「黙ってろ。吐け」
 ナルに寄りかかったままの体は温まっている。のぼせてぶっ倒れたあげく、湯船にはまっておぼれたら しい。ナルは、怒鳴りとばしたいところを我慢して、温まった体を抱いて支えてやった。
 麻衣は、せっかく食後に吐かずに済ませた夕食まで吐いてしまってから、ようやく息を整えはじめた。
 そんな麻衣を湯船につかまらせ、ナルはバスタオルを取りに行く。麻衣にそれを掛けてやって、そのまま 抱き上げた。
「・・・・・・ごめん〜、ナル〜〜」
 濡れた髪をナルの肩につけて、ぐったりと麻衣が言った。

 麻衣をベッドに置くと、ナルは無言のまま部屋を出て行ってしまった。
(ううううう・・・・・・・・・・・・あたしの馬鹿)
 本当にのぼせてしまった。急に立ったりするんじゃなかった。勢いよく落ち込んでしまったために頭まで 底に沈み、逆さまになってしまった。落ち着いていれば自力で這い出せたのだろうが、お湯を飲んでしまっ てパニックになってしまったのだ。
(新婚早々お風呂でおぼれるなんて・・・・・・、一生言われちゃうわ)
 薄く目を開けると、書斎のベッドの上だった。バスタオルでは体を包み切れず、布団が湿っていくのが わかる。ナルがタオルを持って戻ってきた。
「ごめんなさい・・・・・・」
「馬鹿」
 一言だけ。
 ナルはタオルを麻衣の頭の下に敷き、額に冷たいタオルをのせてくれる。
 それから麻衣の体をくるんでいたバスタオルを広げた。
(うわっ・・・・・・)
 内心慌てる麻衣にかまわず、乾いたタオルで体を拭いてくれる。まだめまい感が残っていて、麻衣は頭を 動かせない。抵抗できないのをいいことに、か、もしくは水分をぬぐってやること以外何も考えていない のか、ナルは麻衣の足を開かせてその間までぽんぽんと拭き、更に足の先まで拭いてくれた。
 そうして、麻衣の額からタオルを取る。
「大丈夫か?」
 尋ねながら髪を別の乾いたタオルでわしゃわしゃと拭きだした。
「ごめん・・・・・・」
 おおまかに水分をとって、敷いたままのタオルの上に麻衣の頭を戻す。
「気分は?」
「もうちょっと・・・・・・。ごめんね、ありがとう」
「どういたしまして」
 口調が怒っている・・・・・・。顔は完全無表情。・・・・・・と、ナルが急に麻衣の視界から消えた。
「うぎゃっ」
 ナルは立ち上がりながら、麻衣の額に冷たいタオルを載せなおし、体にバスタオルを掛ける。
「しばらく寝ていろ」
 人の胸に唇をつけておいて、ナルは睨むようにして書斎を出て行った。
(いきなり〜〜〜〜っ! フェイントだああああ〜〜〜っ!!)
 しかし、悪いのは麻衣だ。
 自分が悪いのに、これだけ丁寧に扱ってもらっておいて、文句を言える立場ではない。
 まして、欲求の高まっている状態の人間にオールヌードをさらした上に拭かせているのだ。
 それを乳首に口づけるだけですましてくれるのだから、ナルもまだまだ理性的だ。
(あたしが悪いんだけどさあ。あ・・・・・・お風呂場から音、あ、そうか、吐いたから)
 後始末をしてくれているらしい。何から何まで。対処としては完璧だ。
(ナルって、実は、すっごい、いい夫なんじゃあ・・・・・・)
 今のところ、家事のほとんどは麻衣が進んでやっている。
 しかし、急に出ていったと思ったらゴミ置き場にゴミを捨てに行っていたとか。
 つわりでトイレにこもっている間に食器が洗ってあったりとか。
 気をつかっている風ではない。お茶が飲みたい時は麻衣に言う。けれど、冷蔵庫から出すだけのものは 麻衣の分も入れてくれたりする。
 ごく自然に、行動しているのだろう。考えてみれば、ナルも一人暮らしをしていたのだ。別に家政婦さん を雇っていたわけではない。
(まだ、知らないナルがいる・・・・・・)
 少し気分がよくなってきた。
 麻衣はそっと体を起こしてみる。大丈夫だ。
 バスタオルを体に巻き付けて、髪をちゃんと拭く。夏とはいえ、こんな格好でいては体に悪い。
 さすがにスリッパまでは持ってきてくれていなかったので、麻衣は裸足のまま書斎を出た。着替えを 取りに脱衣所へ行くと、ちょうど、ナルがびしょぬれになったパジャマを脱いでいるところだった。
「掃除してくれたんだ、ありがとう」
「もう大丈夫なのか?」
「うん、ごめんね。・・・・・・ナル、びっくりした?」
「それはもう」息を吐きながら、ナルが裸の肩をすくめて見せた。
「風邪をひく前に服を着ろよ」
 麻衣と入れ違いに、ナルが出ていく。寝室に着替えに行くようだった。
 麻衣は風呂に入る前に用意しておいたパジャマを着て、書斎に戻った。
 ベッドを触ってみると、思ったとおり、湿ってしまっている。
 どうしたものかと考えていると、ナルが戻ってきた。
「ベッド、濡れちゃった」
 麻衣が言うのに、ナルはまたたきをする。そして、小首をかしげ、言った。
「今日は向こうで寝るしかないな」と。
 うっと麻衣が身構えるのに、ナルがくすりと笑う。
「先に寝ていろ。僕は、まだやることがある」
 少し寂しげに聞こえたのは、麻衣の聞き違いだろうか?
「仕事?」
「ああ。真ん中に寝るなよ」
「だーかーらー、あたし寝相悪くないってばっ」
「どうだか」
 ナルは麻衣に背を見せて机に向かう。
 麻衣は、ナルのパジャマの裾をつかんだ。
 ナルが立ち止まり、振り返る。
「・・・・・・待ってるね」
 それだけ言うと、麻衣はぱっと身をひるがえし、書斎を出た。

(い、言っちゃった・・・・・・)
 麻衣は、駆け込んだ寝室の戸に張り付いた。心臓がバクバクいっている。
 腕を伸ばして明かりをつける。つくりつけのクローゼットと、麻衣が持ち込んだチェスト。手前の壁際に はベビーベッドを置く予定。
 部屋の真ん中には、ダブルベッド。
 麻衣はベッドを睨み、息をのむ。
 開け放してきた書斎の戸の閉まる音が聞こえた。続いて、小さな足音。

 触れていたドアノブが動いた。


18歳以上の方でナル×麻衣o.k.の方は続きをどうぞ

おもてTOP小野不由美TOP