注意:土井先生の過去でっちあげ、やや暗め、男×男ありです。
オリジナル設定山盛りです。シビアです。楽しくありません。書いてる方は楽しいんですけどね。暗土井設定萌えだす〜♪
それでもよろしい方は、ぜひぜひ以下おつきあいくださいませ。

今、生きるために

「実は、おまえさんを見込んで頼みがあるんだが・・・・・・」
 冬休みが始まる前夜。
 帰宅の準備をしていた土井半助の部屋に、山田伝蔵がやって来た。
「どうしたんですか、そんなあらたまって」
 伝蔵も風呂をすませ、後は寝るばかりであったらしい。髪の乱れ具合からすると、一度は布団に入ったのかも知れない。
 半助は帰宅するとそうそう風呂にも入れないためボリュームのある髪を洗ったものだから、ある程度乾くまで寝ることもできずにのんびりと支度をしていたところだった。
 伝蔵は寒い中、半助とひざをつきあわせてからもなかなか本題に入ろうとしなかった。
 ようやく先刻の台詞に至ったものの、またうつむいて沈黙してしまう。
「山田先生?」
 半助にうながされて、伝蔵はがっと迫力のある顔を上げた。
「わあっ!」
 でかい顔をせっぱつまった表情で突きつけられて、とっさに半助が悲鳴を上げてのけぞると、
「何が『わあ』ですか!」と、言いつつも、きちんと座りなおした。
「実は、利吉のことなんだが」
「はあ、利吉君。この正月は帰って来られそうなんですか?」
「まあ、学園の冬休み期間中に5〜6日は休みがとれそうだという手紙が来ましてね」
「良かったですね。は組の補習も、今回は学科が新学期2日早いだけで済みましたし」
 ようするに、半助は伝蔵よりも2日休みが少ないのだが。全滅することもあるのだから、ありがたいことだ。
「ああ、おかげさんで」
「で、利吉君のことで何か私に?」
 伝蔵は、また黙る。
 こんな伝蔵は珍しいので、半助はせかすこともなく、微笑を浮かべたまま口を開くのを待っていた。
 伝蔵は1人息子の利吉がかわいくてしかたないのだろう。
 いくらフリーの忍者として一人前に働いていようと、父親から見れば子供はいつまでたっても子供なのだ。
 伝蔵からすれば利吉に歳が近い半助に、息子のことで相談したいと思うこともあるのだろう。
「えー、実は、な」
「はい」
「前に、利吉と話してたら」
「はい」
「あの馬鹿、仕事上で、ちと、ヘマしたらしくて」
「大丈夫だったんですか?」
「まあ、大勢に影響はなく済んだようだが、色々やりにくいことにはなったらしく」
「はあ。結果が大丈夫なら良かったじゃないですか」
「まあ、そうなんだが」
 そこで、また沈黙に陥る。
 何をヘマしたんだろうかと半助は思いをめぐらせて。
 自分の思考力を呪いたくなるほど明快にそのヘマの内容から伝蔵が言い出すだろうことまで想像がついてしまった。
「山田先生」
「ん?」
「利吉君も、まだ若いし。これから仕事をこなすうちになんとかしていきますよ、その辺は」
 半助が悟ったのに気づいた伝蔵は、ううむと唸った。
 半助とて、城勤めもフリーも経験がある。
 仕事上も人間関係上も色々あった。
「まあ、そうなんだろうが、ね」
 まだ、伝蔵は困っている。
「大丈夫ですよ。やりにくくても違う方法をとろうと思えばとれるし、いずれそっちの手を使うことを選ぶようになるかも知れないし。どんな方法であれ、確実な方法を経験上会得していくでしょう、利吉君はちゃんと」
「・・・・・・うむ」
 早い話が『男』問題なのだ。
 若い利吉は、仕事上関係のある男から迫られたのだろう。
 大人しく抱かれる手もあったろうに、逃げたものだから仕事が難しくなってしまった、ということだ。
(それにしても、まだ無事とはね)
 半助は、恵まれた環境で育ち、有名な戦忍びを父母に持つ利吉に、やや呆れたように胸のうちで呟いた。
「まあ、そうかな・・・・・・。まあ、もし、あやつの気が向いたら、ちと教えてやってくれんかね、具体的に。あんたさえ良ければ」
 そうかなと言いつつ、最終目的の台詞を言ってのけたこの甘い父親に、半助は笑ってみせる。
「気が向きますかねえ。私も若くないですよ、もう」
「何を言うかね。ま、そんなことがあれば、の話だ」
 そう言って、伝蔵はようやく腰を上げた。
「遅くにくだらんことで邪魔したな。胃の方は大丈夫か? 食堂のおばちゃんがちゃんと食べに来ないって心配してたぞ」
 は組の担任になってから、神経性胃炎で食べられなくなることが増えた。
 食堂の料理に病人食は基本的にないので、忍たま長屋の中心にある教員長屋の台所で自分で軽く作って、できるだけ食べるようにはしている。
「休み中にゆっくり治しますよ。治ったとたんに新学期に再発しそうですけどね」
「はは。まあ、養生してくれ。ではおやすみ」
「おやすみなさい」
 伝蔵が立ち去ってから、半助はまだ冷たく湿っている髪を手櫛ですいた。
 引っかかって、ますます枝毛を増産していく。
 髪くらい、いくら傷もうが構わない。
 軽く吐き気がする。
 神経性胃炎になるくらい色々なことが起きようが、なんてことはない。
 実際に、殺傷に関わるような立場でいた頃に較べれば。
 伝蔵の話のせいで、おとなしくしていたはずの体がうずく。このまま寝るのは難しそうだ。
 半助は、手早く途中になっていた帰宅の支度を済ますと、忍び装束を身に付けてそっと外に忍び出た。
 すばやく長屋から離れて裏山を目指す。本当に1人になりたい時、行く場所があるのだ。
 父母から忍びの技を習得し、今、1人果敢に殺伐とした世界で生き抜いている、あの若者。
 初めて逢ったのは、忍たまなら3年生の12歳だった、利吉。
 その頃、彼はすでに6年生に近い忍びの技を会得していた。
 半助は、忍者に自分からなるつもりでなったわけではなかった。
 寺に教育に出されている時に実家が落とされ、跡継ぎの兄が死に、大火傷のため父も遅れて黄泉路へと旅立った。
 母は妹を連れて実家へと戻った。
 半助は父の弔いにも立ち会わず、寺と行き来のあった修験道者の誘いで山に入り、長く心身を鍛え知識の習得もしたが、結局は山を降りた。
 そうして世俗に下り、城の下働きに入ったはずが人手不足から戦場にやられ、その様子を見た忍びの者の進言で忍者隊に入れられた。
 修験道者らに半端ない鍛えられ方をしたので、忍器の扱いと用語を覚えると、生まれながらにして忍びになるべく育てられた者達にも劣らぬ実力を示すことができた。
 それでも、彼らのうちでも本当に才能のある者たちには、忍びの技術では到底敵わなかった。
 それでいい、と思った。
 宗教家には向かなかったけれど、だからといって殺伐とした世界で生きたかったわけでもなかったから。
 生まれながらにして忍びになるべく育てられ、本当に才能のある者。利吉もそうだ。
 知識はともかく、技でいえば、7つ上とはいえ今の自分が敵うかどうかわからない。
 忍者は本当の実力を見せない。半助とて訓練ならともかく、実戦ではそうそう全力を見せることはない。
 利吉には火縄での戦いならば確実に劣るであろうが、作戦を立てての戦いであれば負ける気はしない。
 半助は、身軽に木を渡り、樹上の簡易小屋に忍び入った。
 裏山の太い木の上に作られた監視用の小屋。ほんの2畳ほどで、かがんで行き来する高さしかない。
 3方に開閉式の小さな開口部があり、一方は出入り口になっている。年末の大掃除があったので、普段よりは綺麗になっていた。
 半助は一応街道側の開口部を開いて不審な明かりがないことを確認すると、そのまま床にゴロリと寝転がった。
 駆けてくる間に冷たく乾いた髪を枕に、大の字になって目を閉じる。
 呼吸を整えて、意識をこらしていく。
 そのうち、自分と周囲との境界が失われていく。
 徐々に徐々に、小屋の外へ、森へ、向こうの山へと、意識が広がっていく。
 自主訓練をしている連中がいる。3方向に。総勢7人。
 意識を向けると、それが誰であるかもわかる。4年生が1人、5年生2人、6年生が4人。
 忍たま長屋の方では、まだあちこちで起きている連中がいる。先生方も半分は起きている。
 遠くの監視小屋にも人がいる。交代で詰めているのは、専門の者たちだ。
 学園の庭を小松田が見回っている。学園長の元に誰か外部の者が来ている気配。入門票にサインはしたのだろうか。
 状況が整わないとできないことだけれど。普通の者がいくらがんばってもこれだけ広範囲の状況を見ることはできない。
 一種、特殊な能力であるとは思う。厳しい修行をしながら自然と共に暮らすうちに、身についたものだった。
 とはいえ、特に役に立つわけではない。
 ただ、これをやると、気分がすっきりするのだ。
 結構重要に思えていたことも、瑣末でどうでもいいことに思えてくる。
 ぼんやりと意識を飛ばしていると、教員長屋の方から新たに外に動き出した者がある。
 ああ・・・・・・。
 もう、長くはこうしていられないな、と思う。
 あの男は、ここに来るだろう。
 それでもいいか、と思う。
 もうしばらく、こうしていよう。
 あの男が、起こしてくれるまでは。

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