2
「また、こんなところで寝ているのか?」
その声に、半助はまばたきをした。
一瞬で、広がっていた意識が収束する。
「・・・・・・何か?」
意識を広げすぎて、蟻のように近場をうろつく気配はどうでもよくなっていた。
どれくらい時間が経ったのかもわからない。もうたどりついたのか。
「今夜は来ている気がしてな。冬休みを前にして風邪をひく気か? 胃の具合も良くないんだろう?」
半助が歓迎する様子を見せないにも関わらず、相手は隙間に入り込んで来た。
色々置いてあるので、狭い。
寝転がっていた半助は相手のひざで寄せられてしまった。それでも、半助は寝転がったままだった。
「私、1人になりたい時に来るって、言いましたよね?」
「いくらなんでもこの季節に、眠り込んでいたら凍死するだろう?」
「心配して見に来てくれたというわけですか?」
「実際、放っておくと何刻でもそうしているだろうに」
意識を飛ばしていると、暑さも寒さも感じない。感じないが、意識が戻ってみると、冬は体がしっかりと冷え切っている。
今も、体がこわばってしまっている。軽く吐き気がした。
「普通、寒けりゃ体を縮めて寝るもんだがな」
半助の頬に触れる手が、温かい。
男は、首に触れ、額に触れ、体の冷たさを半助に自覚させる。
寄せられた体が、温かかった。
重ねられた唇から、熱い呼気とともに熱をもった舌が押し入ってくる。
言葉もなく、その行為は始められた。
半助は、この、男の不自由な本能があまり好きではない。
女を抱きたいと訴える体に、気がそがれる時間がもったいないからだ。
適宜に発散しないと、物事に集中できない。不自由この上ない。
この男は、互いの性を満足させるための相手。
愛も恋もないけれど、体を預け、無防備な瞬間を共にしても構わないと互いに思える相手。
ずっと昔、半助に苦痛でしかないと思っていた受け入れる側の良さを教えたのは、この男だった。
この学園で再会し、半助が正式に就職してから、自然とこんな関係に落ち着いた。
それぞれ、別の者と関係を持つこともある。だからと言って、そこに悋気はあらわれない。感情を挟まない関係だから。
なので、半助は利吉といずれ寝るかも知れないと思っていても、それとは関係なく、男に抱かれていた。
いつだって、衣服は最低限緩めるだけ。
「ん・・・・・・っ、ん」
気づいても誰も邪魔しようとはしないけれど、気づかれないに越したことはないので、声は抑える。
監視が敵にばれないように、この監視小屋は床だけは分厚い板が使われているので、多少の揺れなら音はしない。
冷えた手で、相手の首を抱き寄せる。そのまま背中に差し入れると、首筋を熱く吸われた。
喉から出ようとする声を呼吸に変えて身もだえながら、半助はとっとと終わってくれと願う。
快楽に追い詰められながらも、先ほどの意識の解放を思う。
広く広く広げられた自分と、追い詰められて一瞬に向かう自分。
自分はやはり、山にいた方が良かったのだろうか。
相手は、自分がこんなことを考えているとは夢にも思わないだろう。
「も・・・う、あっ・・・・・・んっ」
もうすぐ到達する。なんだか吐き気が強くなってきた。半助の声に、相手は半助の背にまわり動きを速くする。
壊されそうな体が、なのに行きつこうと反応して動く。
声なき悲鳴を上げて、半助が床に精を吐き出す。更に2,3度突いてから、相手も己を引き抜いて床に精を吐き出した。
「う・・・・・・っ」
半助は、床に爪を立てた。
相手は、さっさと身づくろいを整える。
「どうした?」
ただでさえ不調なのに、ゆすられたのが悪かったのか。これは、吐く。
こんな場所で吐いたら、始末が大変だ。半助は喉から飛び出しそうになる内容物を必死にとどめながら、出口ににじり寄る。
「もうちょっと、耐えろよ」
様子を察して、男がすばやく半助を抱き上げる。体は、半助の方が一回り大きい。
けれど、男は迷わずそのまま小屋から飛び出すと、木々を蹴って地面に着地した。
すべるように身をおろした半助は、すばやく朽ちかけた落ち葉をえぐるように掘って、吐いた。
いつもの胃液と違うな、と思いつつ、抵抗せずに吐く。
胃が絞りだすにも、長くは続かない。抵抗しなければ、続けざまに吐くにしても息継ぎはできる。苦しくはない。
胃に溜まったすべてを吐き出して、口中の残滓を唾液とともに吐き出し、半助は大きく息をつく。
「はあ・・・・・・」
男は、じっとそばの木に身を寄せて立っていた。
道からは外れているので、忍び装束でそうしていれば、傍目には半助が1人でいるようにしか見えないだろう。
自主練の連中に半助がみつかったら、するりと姿を消す気だったのだろうが、幸か不幸か異変に気付いたものはいなかったらしい。
半助は男が身を寄せているのとは違う木を支えに立ち上がると、木に背を預けながら緩んだままだった下帯と袴を直す。
そうしながら、今吐いたものはなんだろう、とぼんやり考えた。
夕飯はたいして食べていないし、とっくに消化しているはずだ。胃液だけにしては量が多い。
それに、味が、匂いが、胃酸だけとは違った・・・・・・。
「新野先生に診て貰ってるのか? ちゃんと」
男が、辺りの落ち葉を吐瀉物の上に蹴りかけながら尋ねた。
「・・・・・・ええ」
胃に大穴があく前に治しなさいよ、と言われていたが、これだけ血を吐いたということは、ついにその大穴があいたということなのだろうか?
吐くだけ吐いてほっとしたのもつかの間、吸い込まれるように視界が真っ暗になる。
「半助っ」
半助はその場に倒れた。
男は駆け寄ると、手早くあちこち触れて半助の状態を確認する。
自分が倒れた自覚はなかった。気付いたら、もう体が重くて動けない。まぶたさえも重い。
「休めばどうにかなるもんでもなさそうだな」
男は再び、半助を抱き上げた。
「帰って、新野先生を起こそう」
駆け出す男に、半助はただしがみつくしかできなかった。
それさえも、どこまでできたのかわからない。すぐに、また気が失せてしまったから。