今、生きるために

12

 利吉は、源治に射撃の訓練場へ連れて来られた。
「ここなら隠れる場所もないし、わしがいてもおかしいと思われることもない。これでも射撃の腕はいい方でな。伝蔵殿には到底かなわんがな」
 百発百中の父伝蔵。利吉自身も父に匹敵する自信はあるが、まだ離れたところまで名が知れ渡るほどではないのだなと思った。忍びは有名になってはいけないのだが、やはり評価は気になるところだ。
「山田殿。何故ここに来た。仁右衛門様のおっしゃるとおり、われらは奴については誰にも語らぬし、奴の縁で客が来たとも言わぬ。目的を達するためには早々に事情を語るが良かろう。われらはこの城を裏切ることはせぬがそれ以外の要望ならば聞こう」
 源治は、的へとゆっくり歩きつつも、利吉へ顔を向けて言う。しっかりと目を合わせて。自分の真意を伝え、利吉の真意を読もうと。
「先に、あなた方が何故彼を擁護しようとするのかお聞かせ願えませんでしょうか?」
 これほど強く本気で思われるとは、彼はどれほどの繋がりを彼らと持っているというのだろう。ここでの情報操作を彼らに一任できれば、利吉の仕事はほぼ終わる。しかし、安易に信じることなどできない。
「もっともじゃな。わしは名乗ってもおらんかったな。わしは道場源治という。ここの大殿の一女がかつて寺野城主の元へ嫁に行っておってな。一男一女をなした。わしは嫁入りの際お付でついて行った。奴は五年後、この城から寺野城へ来た。寺野城はその後一時この地域を制覇しかけたが、それを警戒したキノコ地域の策略により解体された。その時、奴はほぼ完全に敵に囲われた中から幼い姫を連れ出し、この城へ届けに来たのじゃよ。そうして再び城に戻って来た。大殿からの民を逃がすならば引き受けるという書状を持ってな。上層部が紛糾している内に、奴はさっさとこの城と逆方向へ敵を集中させ、それとは別に噂を流して民を逃した。おかげで、姫を除く城主の一家や上層部の連中は皆殺しになったが、兵や民の被害はほとんどなく戦は終結した。実のところ、われら忍びの幾人かは奴に騙されて兵や民をこの城下へと逃す役割を担ったのだ。ここに来て、初めて奴こそが瀬戸孝之助であったと知った。寺野城の瀬戸孝之助は偽物であったとな。偽物の伊蔵という男は、この城の当時の忍び頭の息子でな。付け上がっておったという。それで立場のない状態にして修行させようと孝之助に付けて城を出したのに、入れ替わって地位を手に入れおったのじゃ。地位に執着のない孝之助にしてみれば、どうでも良かったのだろう。実際、寺野城での瀬戸孝之助というのは、すごい作戦を語るかと思えば臨機応変が聞かぬ男でな。裏で本物が作戦を立てていたから、単独では対応できなかったのだろう。孝之助と共にやって来た奴とは、私は気が合ってな。よく気のつく男で、腕もいいのに、練り物が食えなくて泣きべそかいていたりしてな。よく代わりに食ってやったもんだ」
 明らかにそれは半助だ。いったいいつから練り物嫌いなのだろう。
 源治は的を一つ一つ点検するふりをしながら話を続ける。利吉も、手伝うふりをした。
「若いのに勉強熱心で、書物を管理する部屋で部屋の主と大論争して気に入られてもいたな。剣術師範もかわいがっておったよ、砂が水を吸うようにみるみる上達しおってな。終いには師範から3本に1本はとるようになっておった。奴の立場は孝之助のお付きだったから、結構自由でな。上達したところで重用されるわけでもないし。ただ、軍師様に気に入られて幅をきかすようになって権力を誇示する孝之助の『お付き』だということで冷たく扱われることは多少あったが、当人は憎めない奴だった」
 利吉も、半助の実力のほどは知らない。初めて会った時、彼は忍務に失敗して追いつめられ落っこちて来た。足を痛めていたのでひと月ほど山田家で保護したのだが、動けなくて暇だったからなのか利吉にずっと講義しまくってくれた。技術面で父母にみっちり鍛えられていた利吉に、学術書の意義と魅力を教えてくれたのは半助だった。その頭脳のレベルの高さが桁外れなことは知っているが、技術面での実力は忍びとしてはほどほどだと思っていた。
「結局、奴に寺野城の領民は救われたのだ。奴は人を生かしたかったのだ。あれほどの実力を持ちながら、戦は嫌いなのだな」
 そう、利吉は半助に頭脳を鍛えられた。人の話をただ鵜呑みにして聞いていたら大損だとも教わった。源治の話に嘘はないのだろう。だが、それは一面から見ての話。
「・・・・・・お話はよくわかりました。瀬戸孝之助は結局、失敗したことなどないのですね」
 源治は、口の端をわずかに上げた。
 瀬戸孝之助は、その名を高め利用することによって、この城を一大領主へと成さしめたのだ。
 恐らく、この城でその実力から不協和音を起こしたのもわざと。その名を高めておいて行き場を失くした瀬戸孝之助を嫁にいった娘の婿のところへ送り込む。娘を送って縁を作っておいたとはいえ、権力を広めようと危険な気配を放つ城を、解体へと導き、かつ自国を広める作戦だったのだ。
 その戦により、この城はほぼ無傷で領地を広げ、周囲の危険を取り去った。思えば、寺野城解体にあたって周辺勢力への分配は不自然だった。最初から、旗振り役はこの城だったのだ。
 そうして役目を終え、本物は姿を消した。彼はこの城に戻ることができない役目だった。一番の功労者でありながら。
 裏の事情を知る者は少ないのだろう。だが、達人とよはね、そして源治。さらにはすべてを知るはずのごく一部のこの城の上層部は、10年沈黙を守り続けている彼を完全に信じ、感謝しているのだろう。
「彼は今、病の床にいます」
 源治の目が、わずかに厳しくなる。
「仙蔵君も知りません。彼が手紙を人づてに預かって後、会えなかったのもそのせいです。突然の病で、今は生死の境にいるのです。私は助かると信じていますが」
 利吉は、半助がその後さらに発熱したことまでは知らない。
「彼がそんな状況の中、彼に迫ろうという手があるのです。すべてお話します・・・・・・協力をお願いできませんでしょうか」
 互いの目をみつめあう。言葉巧みに情報を操作する忍び同士。そこに真実があるのかどうか、互いにはかりあう。
 源治が、目をそらさずに応えた。
「協力いたしましょう」
と。

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