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「何をしてるんですか?」
ぎくりと、尊奈門は足元を見る。
忍術学園へ忍びこんで、十も数えぬうちに発見されてしまった。
正確には、その男は最初からそこにいたのだろう。気配がなく、見事に夜闇に溶け込んでいたために、尊奈門が気づかなかっただけで。
「土井先生なら家に帰りましたよ。町中で勝負は迷惑ですから、新学期が始まってからおいでなさい」
樹上で常緑樹の葉陰に隠れているつもりの尊奈門に、吐息をそうっと吹きかけるような調子で斜堂が言う。距離の割に届くその声が、不気味この上ない。
「ななな、なんだよ、忍術学園は幽霊を警備に雇うほど人手が足りてないのかっ」
こんなに早くみつかるなんて。おまけに相手が不気味すぎる。尊奈門は言い訳も思いつけず、どもりつつ悪態をつく。
「幽霊?」
斜堂が、わずかに首をかしげた。と見た途端、消えた。
「ぎゃっ!」
ざっと、尊奈門の目の前に現れた。
と思ったら、更に上に消えていく。というより、尊奈門が転落して視界から斜堂が消えた。
「なんですか、せっかく近づいてあげたのに」
かろうじて足から着地したものの尻もちをついた尊奈門の前に、再び斜堂が立つ。尊奈門は、その気配のない動きに心底、ぞ〜っとした。
「出て行きなさい。今ならこのまま見逃してあげましょう」
闇に溶け込む青白い無表情。
尊奈門の負けん気も、急速にしぼんでいく。
「三つ、数える間だけ、待ちますよ」
うっすらと、笑んだような気がする。
「ひ」
唇の両端をひいて、斜堂が言う。
「ふ」
雪女が息を吹きかけるように唇を形づける。
「み」
その唇の形は、最早見なかった。
「わあああああっ」
尊奈門はなさけなくもわめきながら、塀に飛びつき乗り越え外へと逃げ出した。
そのまましばらく走って逃げた。
鬼婆に追われる小僧のようだと思いつつ、お札を持っているならばらまきながら逃げたいくらい、怖かった。
忍術学園めえええええっ!!
一里ほども離れてから、ようやく、尊奈門は心の内で叫んだ。
「なさけないねえ」
ぎくりとして振り返れば、路傍のお地蔵様の脇に雑渡昆奈門が立っていた。
「く、組頭!?」
後ろには、昼に別れた高坂が控えている。
「兵は拙速を尊ぶ、だ」
雑渡が、目だけで笑んで、言った。
「タソガレドキの諸泉が現れました」
離れの座敷で寝ようとしていた学園長の元に、報告が届く。
「なんじゃ、タソガレドキに冬休みはないのか?」
「それはないでしょう、向こうは学生じゃないんですから」
松千代先生が、恥ずかしげに衝立の陰から声を返す。
「忍術学園は冬休みじゃというのに。うん、思いついた! 松千代先生、門の外に『冬季休暇中』と書いた紙を貼っておいてやれ」
「・・・・・・はい」
すぐに松千代が消える。学園長は、一人、座敷の布団にもぐった。
離れにいるのは、一人きり。あちらこちらで先生方や専門の者たちが警備をしたり、自主訓練をしたり、休んでいたりする。
忍たまたちの長屋には、ぽつりぽつりと帰る家のない忍たまや、自主訓練や勉強で残っている忍たまたちの気配がある。
医務室には、高熱が引かず帰れない低学年の忍たま3人と新野がいる。それが違うだけの、いつも通りの忍術学園の冬休みの光景だ。
こそこそと隠れながら、松千代は職員室へ行って半紙に『冬季休暇中』と書き、糊と一緒に持って門を目指す。
大門脇の通用口から出ると、門の片扉に半紙を貼り付け、中に戻った。
見回りを斜堂と交代したところだったので、そのまま一度自室に戻り、風呂へ向かった。
風呂には同じように交代した先客がいた。松千代は着替えを置くと、少しの間を置いて、風呂の戸を開け、閉める。そうして、そのままそっと脱衣所の隅の床板を外し、もぐって板を戻した。
まるで新たに人が風呂に入ろうとしているかのように、湯を流す音がする。先客が2人に増えたかのように演出しているのだ。
松千代は床下を移動し、敷いてあった板を外し、地下へ続く階段を下りる。
そうして、みつけたのだった。
わずかな明かりが灯された地下室で。
眠り薬の匂いと、空になった布団と。
反対側の通路の口に倒れた、見張りの者を