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タソガレドキ忍者たちは、忍術学園の地下網が発達していることを熟知していた。
警備専門の者の中、誰も知らぬ味方がいるのだ。
事前に得ていた情報から、もしも土井半助が重病で忍術学園内で隠されているとしたらいるであろう場所の見当をつけ、忍術学園側が警戒を厚くする前に、事を済ませることができた。
更に、最短の山越え秘密ルートも確保してある。
それとは別に、地元の者たちを急きょ雇って二つの方角へ荷車で荷を運ばせている。おとりだ。
夜半過ぎにはタソガレドキ領へ入り、山中の秘密拠点である山小屋へと荷を運んだ。
雑渡は、途中であとを高坂にまかせ、残りたそうだった尊奈門を従え、城へ向かった。
動きにあわせ、体のあちらこちらが引き攣れて痛む。それが常態であることには、とうに慣れた。
炭化し、ケロイド化し、または中途半端に再生した大やけどの痕。
まだ子供だった尊奈門に介護されながら、苦しみの中過ごした療養中、雑渡は大やけどの原因となった戦について、考えを巡らしつくした。
数か月に及ぶ療養期間がなければ、その戦を本当の意味で知ることはなかっただろう。そのおかげで、今の雑渡があると言っても過言ではない。
その頃、黄昏氏は、まださほど知れた領主ではなかった。群雄割拠する戦国の時代で、近場の勢力争いでかろうじて「物の数」に入った程度。
一気に領地を広げるために、一領地を挟んだ先の動向を注視していたところ、その地域が一気に動く様子がうかがえ、漁夫の利を狙って布陣した。
参戦するタイミングを計るために、忍者隊はその地方に入っていた。
そこで、被害を受けた。
散っていた忍びたちが多くの情報を持ち帰り、状況をまとめるために集まっていたそこへ、突然、飛んで来た爆裂弾。
普通の爆裂弾ではなかった。
地に着弾する前、彼らのほぼ頭上で、それは破裂した。
威力を増すために釘などを入れるのはあることだが、その爆裂弾の釘には布袋がついていた。
それらはドロリとした油を包んでいて、体に突き刺さったまま、引火して燃え上がった。
着弾前に敵上で破裂し、油を仕込んだ釘で敵を襲い、引火までさせる。
どれ一つとっても、普通ではなかった。
雑渡は、自分に刺さった分は幸い引火を逃れ、引き抜けた。しかし、傍にいた尊奈門の父親から細い火柱が上がり、複数突き刺さった袋に次々と引火した。火傷覚悟で雑渡はその釘を引き抜いたが、ドロリとした油は、付着すると容易に落ちることなく、皮膚を火が焦がした。叩き消そうとすると油と火が付着して更に燃える。忍者隊はパニックに陥った。
大なり小なり火傷を負い戻った忍者隊の様子に恐れ入り、参戦前でもあったため、タソガレドキは剣を引いて去った。タソガレドキが参戦しようとしていたことさえ、ほとんど知られていない戦である。
火が燃えるには燃料がいる。油が燃える。だから雑渡は、尊奈門の父に付着した油を火ごと我が身へと移した。頭巾や袷と共に火と油を捨てようとしたが、火が回るスピードの方が上回った。
結果、一番の大やけどを負い、長い療養を要する結果となった。
爆裂弾が飛んでくる前に、皆が持ち寄っていた多くの情報。事前の情報。療養中に聞いたその後の状況。
雑渡は、数年がかりの領土争いに決着がついた戦であったことを知った。
娘を犠牲にし、優秀な部下を派遣し、まんまとその地を平定した城の当主は、今や確固たる一大領主としてその地方を統べている。
タソガレドキは、それ以降、東へ進軍していない。小さな領地、山野城の統べる領地一つを挟んだまま、その地域にはかかわっていない。北へ南へ西へと領地を広げながらも。その智略に満ちた戦の全容から、焦らず、東へ進軍するだけの力を確保するまでは手を出さないと決められた。
5年ほど前、一度だけ山野城に戦を仕掛けようとした。次なる布石に、滝野城領地の際まで領土としておこうと。
しかし、それは失敗した。
瀬戸孝之助は死んだ。
若くして名を上げ死んだその忍びが生きていたなら、その脅威を恐れちょっかいを出していただろう。
が、その忍びは死んだ。そうして、その優秀な忍びだけでなく自身の実の娘までも犠牲にし、けれど民への犠牲は少なく、その地を平定した滝野城領主が残った。
だからこそ、タソガレドキは東を避けている
。
尊奈門は、瀬戸孝之助の名は知っている。しかし、彼が火薬の達人の元で修行していたかどうかまでは考えていない。昆奈門らを襲った爆裂弾を作ったのが誰か、撃ったのは誰かなど、考えてはいない。だから、土井半助が瀬戸孝之助である可能性を知っても、深い恨みを新たに加えてはいない。
だからこそ、昆奈門は尊奈門を攫った土井の元に残さなかった。
考えの足りぬ尊奈門がその考えに至った時、後先を考えず弱った土井を襲うかもしれないから。
高坂は、みお姫の話を聞いた時に、そこまですべて読みとった。
顔だけではなく、確信を抱くに足る事実を、彼は知っていた。
土井半助が忍術学園に来る前の過去。知れるわずかな情報は、忍術学園に勤める前に1年ほど城勤めをしていたことと、その前はフリーの忍者だったこと。そのわずかな情報の中に、確信を抱くに足る事実があった。
土井半助は、忍術学園に勤める直前まで、タソガレドキと滝野城領地との間にある小さな山野城に勤めていた。参謀格の一人として。
だからこそ、高坂は一人で報告に戻って来た。
土井半助は、まさにタソガレドキが滝野城を狙い、山野城を攻めようと画策し、計画が潰えたその時、その山野城にいた。
土井半助は、今も、滝野城の忍びなのだ。
彼は、瀬戸孝之助に間違いない。
土井のことは、高坂にまかせておけば間違いはない。
昆奈門はこれまで、あの爆裂弾は瀬戸孝之助の遺作なのだろうと思っていた。しかし、爆裂弾への点火と発射のための点火のタイミングがあわなければ、あれほどの効果はなかった。
タソガレドキの参戦の意向、忍びたちが集う可能性のある場所、事前の準備、点火のタイミングと正確な射撃。
それらすべてを、彼は一人で読み、行動したのだ。
偽物を城に置き、自由な身で。
苦しみの中の自由な時間に、考えに考え抜いたつもりであったというのに、まだ裏に真実は隠れていた。
見事だ。
それを、わずか15歳の時にしてのけた。
それが十年後、10歳の子供たちに翻弄されている、忍術学園の教師、土井半助であるとは・・・・・・。
「思ってもみなかったよ」
雑渡は、尊奈門に聞こえぬよう、一人ごちた。
事を速やかに済ませたタソガレドキ忍者隊であったが、誤算があった。
詳細をすべての者が知っていたわけではなかった。
病のために隔離されていた半助が、死に瀕しているとは知らなかった。ただ、高熱を発する風邪であろうと。
看病のために共にいた伊作を一緒にさらったのは、高坂の指示だった。こちらは事情を知っていたので、病状のほどを把握している者を共にさらう必要性をわかっていた。が、その事情は伊作が目覚めてからで良いと思っていた。そもそも、死に瀕しているというほどの症状ではなく、わかりやすく高熱を発する風邪だったのだと判断したから。
胃に穴を空けて大量に失血して、瀕死の重症であるなどとは、予想していなかった。
更に、半助がかの瀬戸孝之助である可能性を知りながら、重症であることもあって、現況を甘くみていた。
途中、雑戸が尊奈門を連れて去ったあと、高坂は先に山小屋へと向かい、二つの荷が届く準備をしていた。
周囲に警戒線を張ったり、人がうろついていないかなど、部下も使って備えた。
そうして、たどり着いた二台の荷車を迎えた。
すでに、眠り薬は切れているだろう。
手足を拘束した上で、麻袋に入れ、藁で囲ってごまかした荷台。
二つの麻袋。
片方は、ぺしゃんこだった。
切れ味のあまりよくないもので穴を開け、荷を運ぶ者たちに気づかれることなく脱出したのは。
薬を使うまでもなく意識不明だったはずの、土井半助の入っていた麻袋だった。
高熱の中、呼吸が苦しそうだったので、何を忍ばせているかわからない衣服をはがしこちらで用意した単衣を着せ、手足を拘束したが、猿轡をかますことだけは控えた。それがアダとなった。
すぐに探すよう部下に指示し、青ざめつつ袋を見分する高坂を、同様に青ざめ見つめる者がいた。
麻袋から出された、拘束されたままの伊作だ。
「彼の病状は?」
猿轡を外してやって高坂が尋ねると、伊作がわずかに睨む。
あの土井半助が、生徒を見捨てて一人逃げる。ありえない。本来ならば。
同じように運ばれる荷車があることすら気づく余裕がなかったとしか、高坂には思えない。
「生死の境、です。この寒さの中、夜間一人山中にいるのは、・・・・・・無理でしょう」
伊作が、暗い地面に視線を流し、言葉を落とす。
高坂が部下を分けて離れた後の逃亡だとしか思えない。
人家は無論なく、山越えの近道として足の丈夫な者や秘密の荷を運ぶ者に使われる程度の、かろうじて荷車が通れるだけの道だ。
脱出したところで、そんな病状では山中から脱することもできず、保護を求めることもできず、冬のエサ不足でうろついている山野の野獣に襲われてもろくに抵抗もできず、朝には骸となっているだろう。
一刻も早く保護しなくては。
高坂は半助を保護できた場合に備えて伊作を山小屋で丁重に保護しておくよう2人の部下に命じ、ほかの部下を率いて半助の捜索に加わった。
生きているといいのだが・・・・・・。
高坂は、みお姫の素顔を思い浮かべ、思った。