今、生きるために

17

 忍術学園の訓練場である裏々山の奥の奥。タソガレドキ領地に近い山中に、小さな小屋がある。
 手入れもされぬ木々の合間を這うようにして進んだ先に、座るのもやっとという高さで、広さも四畳ほどの小屋だ。入口も茶室のようで、場所を知らなければ迷路のような枝葉や木々の間を抜けてたどりつくその入口に行き会うことはほぼ不可能。
 小屋の中央には、小さな囲炉裏。そうして、入口の対面の角の真上だけは高く高くなっており、人の背の二倍ほどの高さまで、四角く延びている。
 今夜、囲炉裏には火が入れられていた。
 持ち込まれていたムシロと藁。そこに、半助が寝かされていた。意識なく。
 忍術学園の中で、内密とされた半助の病。
 六年生では、野村と半助に行き会った文次郎と小平太、そして伊作の三人のみがこの事態を知っている。忍たまで他に知っているのは、キリ丸のみ。
 キリ丸は、野村に連れられ、半助に化ける大木雅之助の補助のため京へ向かった。
 伊作は、半助に付き添っていた結果、一緒に拉致された。
 文次郎と小平太は、帰宅せずに周辺警護をまかされていた。
 忍術学園の訓練地の警護は、専門の者たちがいる。二人がまかされたのは、忍術学園の訓練地内であると知らずに行き来する者たちへの警戒、だった。
 しかし、そこに用意された三つの荷車。不審に思っているうちに、二つはそのまま移動を開始し、一つは人間大の荷物二つを新たに積んで藁をかぶせ、動き出した。
 二人は、二手に分かれて荷を追った。幸い、相手は道を外れることがないので、三つを二人で追うことができた。
 二つのできあいの荷を追った小平太は、隙をみて荷が藁や薪などであることを確認し、文次郎を追った。
 文次郎は、気づかれては元も子もないので、ほぼ音と轍を頼りに追っていた。相手は現役有力のタソガレドキ忍者だ。注意に注意を重ね、追っていた。
 ついにタソガレドキ領に入って少ししたところで、轍に変化があった。荷が軽くなったようだった。文次郎が少し戻ると、何かが落ちた痕跡がある。そこに小平太が合流したので、文次郎が引き続き荷車の後を追い、小平太が落ちた物の捜索をすることになった。
「じゃあ、待ち合わせは」
「ああ、あそこで」
 小平太は、落ちた物の動きを追った。
 明らかに大きな生き物。人間大。通り道に残された足跡やかきわけた枝葉が、それを教えてくれる。
 かなり、余裕がないようだな。
 半助にしろ伊作にしろ、忍びである。本来であれば、これほどの痕跡を残すことはない。
 伊作が薬を使われて朦朧としているか怪我をしているか。もしくは、意識不明だった半助が重態の身を押して逃亡しているのか。
 先生、だな。
 痕跡が残ってはいるが、それらはきちんと行って戻ったり途切れたりしている。伊作ならば、不調の中ここまで撒くための行動をとることはできないだろう。
 痕跡がみつけられなくなって気配を探っていると、獣のうなり声が聞こえた。すばやく樹上へ移動する。周辺を枝から枝へわたって確認すると、二頭の狼が大木の下をうろうろしていた。一頭は地をなめていて、もう一頭は木に前足をかけて上を見ながらうなっている。
 小平太は、隣りの木を上った。
 そうして、みつけた。
 かろうじて大木の枝を支えにしつつ気の失せた、半助を。
 小平太はまず、文次郎との待ち合わせ場所へ急行して行先の目印を置く。それからすぐに半助の元へ戻り、背負って木から降ろし、移動した。意識のない人間は、体重そのままで非常に重い。まして、半助は背も高い。力の有り余った体育委員会委員長であっても、一人での作業は困難を極めた。
 それでも、小平太は文次郎との次なる待ち合わせ場所へと、できる限り痕跡を残さず移動した。そこからは、更に痕跡を偽装するなどして厳重に移動するつもりだった。人手が増えれば、その程度の余裕は出るだろう。
 無事に待ち合わせ場所の岩間にたどりつくと、小平太は半助の体を抱いて文次郎を待った。熱く、震えるその体を、抱いて。

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