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「もういいです! 僕が探しに行きます!」
後ろ手に縛られ、足も拘束された状態で器用に立ち上がり、伊作が叫んだ。
温厚な保健委員長、善法寺伊作。さすがの彼も憤る。
土井半助は重態だ。片時も目が離せない。絶対安静だった。
胃からの出血で大量失血。更に高熱を発する風邪の発症。
そんな状態の人間に眠り薬を煙とともに嗅がせて、単衣一枚で麻袋に放り込み、藁で押しつぶして荷車で運搬していたなど、とんでもない。
藁の保温効果はともかく、荷車の振動がつらかったからこそ意識を取り戻したのだろう。とっさにどうにかして逃亡できるのはさすがとしか言いようがない。しかし、単衣一枚でこの真冬の山中。いつ再び意識を喪失するか、長くは持つまい。そのわずかな間に安全な場所に身を隠すことができたのか、できたとしてもこの寒さに耐えられるのか。心配は尽きない。
伊作も未だ単衣一枚だ。小屋の囲炉裏に火を入れてくれたので寒さはマシだが、袷(あわせ)を押さえる帯どころか縄さえも与えられていない。半助も同じだろう。拘束されていたそうだが、持ち出す余裕がなかったのか縄は麻袋の中に残されていたという。
半助の状態を伊作から聞いた高坂が、捜索に出て行った。伊作を丁重に扱い、かつ決して逃さぬよう、残される部下二人に言い置いて。
伊作とそう年も変わらぬ二人だったが、タソガレドキ忍者だ。それなりの腕はあるだろう。
伊作は、怒りを隠すこともなく、彼の状態がひどいことを言い散らし、発見されたらすぐに処置しなくてはならないのに医薬品はあるのかと責め、お話にならない携帯薬しかない状態なくせに伊作の衣類も懐にあった常備品もすべて学園に残して来たというのを聞いて更に文句をつけ、せめて薬草を探して来いと胃薬になる薬草の根の特徴とありそうな場所を説明して一人を追い出し、残った一人に思いだしたようにネチネチ言っては黙り、震えながら泥だらけで、かつ手ぶらで戻ってきた男に更に怒声を浴びせた上で、立ち上がった。
留守番忍者二人は、さすがに彼を外へ出すわけに行かず、けれど散々苦情を申し付けられたあげく治療できなければ無事発見されても手の施しようがなく死ぬかも知れない、そうなったらどれほどの失態になるかを微に入り細に入り言われ、伊作に、だったら三人で行って自分の指示する場所を掘れ、その間近くの木にでも自分を縛っておけと言われ、その案を採用するとした。
二人は、伊作の上半身を厳重に縛り、腰縄をつけてから足の拘束を解いた。それから、さきほど伊作に指示された地形と樹の種類に一致する場所へ向かう。そこには、固く凍った地面を削るように掘った跡があちこちに残っていた。
「とにかく掘ってください。そこ、その掘って途中でやめたとこと、あっちの途中でやめたとこ、その辺をも少し広く深く掘って。あと一〜二寸も掘れば上端がみつかります。そこから五寸ほど伸びてますからできるだけ掘ってください。引っ張っても切れるだけですよ」
二人は、作業が見える場所の太い木に伊作をしばりつけ、指示通りひたすら固い地を削るようにして掘る。二人とも、すぐに言われた特徴ある根の一部を発見した。ずっと怒りっぱなしだった伊作が急に機嫌良く応援し始めたので、夢中になって深く掘り下げて行った。
「あ、根が細くなってきた」
「俺のもだ」
「もったいないからできるだけ最後まで! じゃないともう一本掘らないと一日分にもなりませんよ! がんばって!」
更に苦無を穴の中へと沈めたところで、二人は頭に強い衝撃を受け、地に付した。
「二本で足りるのか?」
文次郎が尋ねる。
「一日分だね。掘るの大変なんだよー、ありがたいなあ」
文次郎に縄を切ってもらうと、伊作は穴の中から木の根二本を回収する。末端が切れるのを気にすることなく。その間に、文次郎が一人の衣類を剥いで伊作へ寄越した。
「土井先生は?」
「小平太が探してる。集合場所へ向かうぞ」
「うん」
伊作は脱いだ単衣に木の根を包み、懐へしまう。
落ち葉でやわらかくなった上に下帯一本の男を放り出し、その上にもう一人を乗せて布団替わりにすると、二人は、速やかに立ち去った。
待ち合わせ場所で小平太の伝言を確認し、二人の隠れ場所へ向かう。
小平太は、土井を抱いたまま居眠りをしていた。あったかかったから、と。