今、生きるために

 半助には新野と野村が付き添い、朝を迎えた。
 伝蔵が医務室へ行くと、新野も野村も気の休まる間がなかったようで、ぐったりとしていた。
 半助は、浅く早い呼吸を繰り返し、苦しげに眉根を寄せて眠っていた。
「だいぶ、つらそうですな。その後は?」
「少し吐きました。が、量も少なかったし、出血は一応止まったのではないかと。とはいえ、何度か呼吸が止まりかけて。危険な状態です」
 野村が流れ落ちる冷たい汗を手ぬぐいでぬぐってやっている。
「は組の連中を近づけるわけにはいかないようですな」
「そうですね。・・・・・・きり丸君はどうするんですか?」
 この冬休みも、半助の家で預かる予定になっていた。昨日は、冬休みのアルバイト計画を山ほど語っていた。半助に手伝わせる気満々の計画で、半助からゲンコツを食らっていた。
「わしのところではバイトの口もないし。小松田君のところか団蔵かしんべヱのところで仕事があるといいんですがね」
「・・・・・・今日明日は、残るのもいいかも知れません。まあ、きり丸君次第ですけどね」
 新野が、半助の様子を見ながら言った。
 伝蔵は、今日明日がヤマか、と、意識のない半助を見やる。
 ここの仕事を斡旋したのは伝蔵だ。適性はあったと思う。は組が破格に破壊的であったにしても、胃に穴を開けるほどとは。
「きり丸だけは、放課後来させます」
 半助には家族がいない。一番家族に近いのは、きり丸だろう。半助自身はともかく、きり丸にとって家族に一番近い存在が、半助なのだ。
 気は重いが、行かねばなるまい。
 伝蔵は、野村とともに医務室を後にした。
「では」
 野村は、伝蔵に一声かけて2年の教室へと別れた。
 徹夜で病人の世話をした疲れの気配は、もう消されている。
 色々因縁、か。
 詳しくは知らない。
 ただ、野村は、10年ほど前に半助と会ったことがあるという。
 死に掛けているのを助けた、と。
 伝蔵が半助と出会ったのは6年ほど前。
 再会したのは、更に1年後。野村も、同時に再会している。半助は、忍術学園に一ヶ月ほどいた。
 その翌年、半助は教師として忍術学園に就職した。
 今の6年生は、半助をどちらかというと敬遠している。半助が忍術学園にいた一ヶ月。そのときの騒ぎを知っているからだ。
 5年生は、まだ入学したての頃の騒ぎだったのでよくは知らないだろう。
 4年生以下は、少しは噂を知っているかも知れないが、そもそも正確な話を生徒たちは知らされていない。
 だからこそ、6年生は授業を淡々と受けるのみで半助に関わろうとはしないし、5年生の反応は様々なのだ。
 伝蔵は、ため息を落とす。
 は組の教室は、もう目の前だった。
 半助の不在は、神経性胃炎の悪化で医務室行き、で通した。
 まず逃げられないうちに最初に宿題を配り、一通り注意事項を伝え、半助が作った通知表を配って解散とした。
 いつもなら、皆、元気に教室を飛び出していく。が、今日はもじもじと皆、きり丸の様子を伺っていた。
「・・・・・・きり丸。土井先生が町家に帰るのは少し遅れるだろう。その間どうする? 残るか?」
「え〜〜〜? 1人でうち帰っちゃ駄目っすか?」
「駄目だ。土井先生のうちなんだから」
「え〜〜〜? どうしよっかなあ」
「とりあえず、支度したら職員室に来い。いいな?」
「はい」
「先生、土井先生にご挨拶してから帰りたいんですけど」
 学級委員長の庄左衛門が言う。皆、うんうんと頷いている。
「・・・・・・いかん。今は安静が一番じゃ。新野先生が面会禁止令を出しとる。土井先生にはわしからよく言っておくから、また来年な」
 しょぼんと、皆そろって頭を落とした。妙に連帯感のある連中だ。
「ほら、冬は日が短いんだぞ、少しでも明るいうちに帰れ帰れ。元気でな」
「は〜〜〜〜い」
 ようやく、皆、席を立った。
 きり丸が愚痴をこぼすのを、乱太郎としんべエがなだめながら教室を出て行く。
 伝蔵は、がらんとなった教室を、最後に出た。
 半助は、またこの教壇に立つことができるのだろうか、と思いつつ。

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